ゆかぽんたす

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昨日更新し忘れたから、昨日と今日のお題一緒にして書く




思い出すは、あの日のこと。
最後に君が微笑んで宙を舞った。その時だけは、時間を区切ったようにワンカットずつの映像に見えた。

あの日の朝、君は近くの商店街に買い物に出掛けて行った。3時間経っても帰ってこなくて、携帯に電話をかけても出てくれなくて、一体どこで道草食ってんだと思って僕もふらふら家を出たら。
「立てこもりですって」
近所のおばさんたちが群がって騒いでいた。危ないから離れてください。危険ですからここから下がってください。警察官の叫び声、その場の人たちのざわつく声。大勢の声がグチャグチャに混ざり合ってとんでもない不協和音になっていた。
「あそこの角の花屋さんに立てこもってるんだって」
嫌な予感がしたんだ。毎週木曜日、いつものこの時間に君は花を買いにゆく。いつも何の花にしようかな、って、鼻歌混じりで出掛けてゆく。今日もそんな朝だった。
人混みをかき分けて花屋の見える位置まで行く。何人もの警察官に囲まれて眼鏡をかけたエプロン姿のおじさんが頭から血を流しながら何やら喚いていた。
「女の子が、女の子が人質になっているんです。いつもうちに買いに来てくれる子で――」
それを聞いた時、僕は膝から頽れた。身体中から血の気が引いた感覚になる。嘘だと思いたかった。どうか人違いであってくれ。確かめたくて、力を振り絞ってもう一度立ち上がった。よたよたした足取りでそのおじさんに近寄る。警察の人に制されたが、必死にその腕にしがみつき、おじさんに話しかけた。
「その女の子って、今日ブルーのワンピース着てませんでしたか」
「あ、あぁ」
 予感が現実となり、僕はその場で叫びをあげた。そばにいた人たちが驚いて僕を異物を見るような目で見る。店に飛び込もうと掛け出す僕は警察に羽交締めにされた。転んで、アスファルトに当たって唇を切った。血を滴らせながら、やめてくれやめてくれと叫んだ。嗚咽と奇声をあげる僕をなおも押さえつける警察たち。わけが分からなくて頭が割れそうに痛かった。
「あ、あれ!」
誰かが叫んだ。ガラス張りの花屋のドアに2人の人像が見えた。汚らしい男に首を掴まれているのは僕の彼女だった。恐怖で目をギュッと瞑りながら震えている。僕は力強く彼女の名を叫んだ。僕の声が届いたのか、彼女が薄目を開けた。何度も何度も叫んでいると彼女は僕の存在を見つけた。目が合った瞬間、大粒の涙が溢れだす。押さえつけられている身を捩って僕は手を伸ばした。応えるように、彼女も僕に手を伸ばす。
でもそれが、男にとって癇に障ったらしい。
「きゃーっ」
パン、という乾いた音と叫び声が聞こえた。ほぼ同時だった。僕の目には、彼女の体がふわりと舞っているように見えた。スローモーションで彼女は宙を舞う。最初から最後まで、彼女と僕は目が合っていた。そして、地面に倒れ込む寸前、彼女は微笑んでいたように見えた。
「確保だ!」
僕の上に乗っていた警察はあっさり退き、たくさんの人間が店の中へ突入する。ざわめきが今日一番大きくなった。多勢の人が動く。押しのけ合いぶつかり合う。でも僕はそこから動けなかった。誰かに踏まれても蹴られても、地べたから這い上がることができなかった。

“今日はカスミソウにしよっと”。
こんな時に思い出した。今朝の彼女とのやりとり。今日はカスミソウを買ってくるつもりだったらしい。君にしては随分控えめな花だな、って僕が言ったら、それってどういう意味?と聞き返された。
“だってさ、いつも君は薔薇とかトルコキキョウとか、主張のすごい花を選ぶじゃないか。カスミソウなんて物足りないんじゃない?”
“たまには私もそういう繊細な花を買う時だってあるの”
頬を膨らませ、彼女が反論してきた。自分で繊細なんて言うかよ、と笑ったけど、君が飾る花はいつもセンスが良い上長く咲いてくれたから、どんな花でも良かった。でも僕は今日を持ってカスミソウが嫌いになりそうだよ。だって、君への手向けの花になってしまったから。
空みたいな君のブルーのワンピースと鮮やかな君の血の赤。それを邪魔しない白くて儚い花。こんなにも調和するなんて嘘だろ。君が死んだなんて、何かの間違いだろ。

6/27/2024, 6:02:13 AM