打ち寄せる波が、足を濡らす。
俺は構わずそこに立っていた。
「海、初めてだ」
誰にともなく呟く。
否、誰もいない。完全な独り言。
目をつぶった。
左右に広がる波の音が耳を覆いつくす。
こんなに心が落ち着いたことはないと思った。
打ち寄せる波。引き返す波。
足下の感覚で感じとりながら、しかしそれを見ることはせず、音だけを聞いていた。
…この音を小豆で表現した天才がいたらしいが、一体どこの誰なんだろう。
じゃぼ、じゃぼ、
目をつぶったまま、一歩ずつ、海の中に進んでいく。
ほとんど無意識だった。
だんだん、波の力が強くなっていく。
打ち寄せる波に押され、引き返す波に引っ張られた。
それでも構わず進んでいく。
目は、変わらずつぶったまま。
開けたら、怖くなりそうで。
ざばざば、ごぼごぼ、
よろけながら進む。
進んで、進んで、最期に、
引き返す波に従って、海に身体を沈めた。
【波音に耳を澄ませて】
7/5/2025, 3:07:30 PM