とある恋人たちの日常。

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「起きてくださーい、朝ですよー」
 
 安心する優しい恋人の声が、俺を呼ぶ。強く起こす声とは違った、どこか不安を覚える声。
 
「んー……」
 
 なんだか重くて、身体はまだ眠いと訴える。俺はそれに従ってしまい、彼女の声に反応が出来なかった。
 
 しばらくすると強い声で起こされるかもしれない。そんなふうに思ったのに、そんな気配はなかった。
 そうこうしているうちに、俺は再び意識を手放していた。
 
 ――
 
 あれからどれくらい時間が経ったのだろう。
 
 カーテンも開けられていないからキツイ日差しを直接浴びることなく、輝度を調節されたやわらかい光が部屋を包む。
 
 そりゃ、深く眠れていたわけだ。
 
 意識を取り戻し、重い身体を動かすと節々が悲鳴をあげるように硬い動きをする。しかも痛い。
 
 痛みを我慢して身体を起こすと、ぽちゃんと何かが落ちて頭が軽くなる。
 
 なにこれ、氷のう?
 
「え……?」
 
 状況がつかめなかった。
 すると、小さく寝室の扉が開き、マスクをした恋人が入ってきた。
 
「あ、目が覚めましたか。身体は大丈夫ですか?」
 
 彼女はトレーにタオルとペットボトルの水を持ってベッドの横にあるサイドチェストに置き、落とした氷のうをトレーに乗せた。
 
 そして俺に近づいて、俺の額に手を当てる。
 
「熱、だいぶ下がりましたね」
 
 その言葉で状況が飲み込めた。
 
「もしかして、朝起こそうとした時に俺の様子がおかしいって思ったの?」
「うーんと、私が起きる前から少し熱かったんですよ。声をかけても辛そうだったし、頭触ったら熱くて……。心配だからお仕事休みにしてもらうように連絡しちゃいました。勝手な判断でごめんなさい」
 
 ゆっくりと諭すように話してくれるから、聞き取りやすいし、状況の把握が少しづつできてありがたい。
 
「ありがとう。心配かけてごめんね」
「いいえ、季節の変わり目もありますし、少し疲れちゃったんだと思います」
「医者の不養生ぉ……」
 
 俺の仕事は救急隊員。ジャンルで言うなら医者だ。それなのに、自己管理が出来なかったんだなとため息が零れた。
 
「ふふ。先生たちも、そう言ってましたよ」
 
 彼女は小さい声で笑う。それでも彼女の瞳からは心配の色が消えてはいない。
 
「食欲ありますか?」
「あ、うん。吐き気がある訳じゃないから大丈夫そう」
「なら、おかゆを用意しているのでお腹になにか入れましょう。あとはお薬飲んでしっかり寝てください」
 
 彼女の言葉を聞きながら、ふと気がついてしまった。
 
「もしかして……ずっと看病してた?」
「はい」
 
 さも当然ですという返答に、また熱が出そうだった。そういう言葉を当たり前に言えちゃうのが彼女なんだよな。
 
「仕事、休ませてごめんね」
「え、そんな。熱出た彼を置いて仕事に行ったら社長に怒られちゃいますよ」
 
 そうやって笑う彼女だけれど、それが方便だって知っている。俺が気にするのを知っているから、俺が凹まないようにそう言っているんだよな。
 
「えっと……ありがとね」
「いえ。あ、食事、持ってきますね!」
 
 そう彼女は立ち上がると扉を開け、出る直前で小さく囁いた。
 
「心配もしていましたけれど……私があなたのそばにいたかっただけなので……」
 
 それだけ言うと、俺を見もせずに食事を取りに行ってしまった。
 
 俺は再び身体が火照るのを理解して、身体を倒す。
 
 俺、本当に愛されてる。
 
 
 
おわり
 
 
 
一五三、やわらかな光

10/16/2024, 1:08:17 PM