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「みどりさんって本名なんですか?」

「ええ、そうです
緑が好きだからちょうど良いでしょう
それより…さんなんて付けなくていいよ
呼び捨てで呼んでください」

こんなことまでした仲なんだからと、
言いかけて口を塞ぐ

ベッドの上に散らばった紫色の下着が
なにか言いたそうにこちらを見ている気がしたからだ


「じゃあ、みどり」

一糸まとわぬ姿の彼女は
頬をあからめながらそう呼んでくれた

返事の代わりに頬ずりをすると
とろけそうな甘い溜息が私の耳を溶かす
甘い囁きに導かれるまま
私は何も考えずに彼女の熱に触れた

みどり、みどり

私の耳奥に響く
甘くてせつげな声
この声を聞いて心動かされない人間は、
おそらく私以外にはいないだろう

この声に、
欲は掻き立てられても、
私の感情は、心は、微動打にしなかった

私の心は、
私の名前が最後に呼ばれたあの時以来、
ずっと冷えて固まっているから

あの人が凍りつかせた心と共に
私は私の本当の名前も封じ込めた

もう誰にも呼ばれたくない

もう二度と傷つけたくないし
傷つけられたくもなかった
本当の私をさらけ出して生きる覚悟が
無くなってしまったのだ



彼女の声がピークに達するとともに
私の体にも一段とその熱が伝わってくる

しかし、私の永久凍土は今日も独り安寧だ
この先も、ずっと




7/20/2023, 1:56:11 PM