NoName

Open App

雪原の先へ
雪原の向こうには天国が待っている。
そんな余談話を信じた若者がひとり、ふたりと村を出ていき、二度と戻ってこなかった。
膝まで埋まってしまいそうなほどに降り積もった雪道を歩きながら、天国とはそのままの意味で死の国を意味しているのではないだろうか。それならば、二度と帰ってこなかった理由もわかる。
僕は余談話をまっすぐに信じられるほど幻想主義者ではなかった。ただ、生贄と称して口減らしに遭うぐらいなら、天国だと言われる場所へ行こう、というそんな軽い気持ちだった。今、現在進行形で後悔しているけれど。
ザクザク、というよりずぼっ、と落とし穴に嵌まるような音をたてながら歩く。
寒いとか死ぬとか、そんな言葉で言い表せないほどの猛吹雪に指先からは血を噴き出し、体外へと溢れる鼻水や涙は氷柱に変わる。心臓を動かす脈だけが唯一暖かい。
足が動かない。無理矢理前に進んだせいで両足とも雪に沈み、目の前の雪山にダイブした。
寒い。
目を閉じたら死ぬと分かっているのに、目蓋は重い。意識が遠い。対岸の先で余談話を本気で信じて、お務めを放棄して勝手に村を捨てて行った兄貴の幻覚まで見えはじめてきた。最悪だ。
暢気にこちらへと手招く兄貴が恨めしい。
クソが。

「死にたいの?」

薄れゆく意識の中、青緑色の長い髪を持つ少女に声をかけられた。その瞳は人間とは思えぬほど明るい鮮血のような赤。雪原の中だというのに、白い布切れ一枚しか纏っていない。

雪蟷螂。
村で伝わる人の皮を被った化物。
その容姿の美しさに見惚れ、殺された男は多いという。

「死にたくねぇ」

呻くように呟いた先で「分かった」という少女の声を最後に意識は完全にブラックアウトした。







12/8/2025, 11:22:21 AM