しぎい

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泣いてる声は、聞いたらすぐ分かる。お母さんの声。
そんなにさめざめ泣かなくったっていいじゃない。
まあ、伝わるわきゃないけど。
私、植物人間ですから。あ、正しくはそう言わないんだっけ。
あー、やだやだ。ただでさえ陰気臭い病室がさらに陰気臭くなる。
「ごめんね、無力で」
誰もあなたのせいだと思ってないから。
「失礼します」
男の人の声。看護師さんより聞き馴染みのない担当医の声だ。
こうして毎日病室へ回診に来る。
足腰が鈍らないように、とリハビリの先生も毎日に通ってくれる。お仕事って大変だなあ。
「……本当にいいんですね?」
「はい。この子が目を覚まさなくなってからちょうど半年……」
ん?
「最初はお見舞いにたくさんの人が来てくれてましたけど、今では私一人になりました」
雲行きが怪しくなってきた。
嫌な予感がする。
これってあれ? ドラマとかでよく見る延命治療装置を外す外さないうんぬんで家族ががんじからめのめっためたになる……。
「延命治療のための装置を外したら、娘さんは数十秒と持ちません。それでもいいですね?」
やっぱりかあああああ。
お母さん、朝からさめざめ泣いてたのはそれだったのか。
おかしいと思ったんだよ、夕方からしか来られないはずのあんたが朝っぱらから横についてるなんて!
ていうか、私が当事者になるとは一ミリも思ってなかったわ! いや、その半分くらいは思ってたけど、正直考えたくもなかったし!
「それに正直、ここに留めておくだけのお金ももう底をついて……」
お金のことについて言われるとマジで痛い……。
でも!でもでもでも!

私もっと生きたいよ!?

オチが気になる漫画あるし、好きなアーティストのライブ行きたいし、アイスクリームたらふく食べたいし、韓国にも行きたいし、あとあとあと……。
「確かに、このまま入院させておいても、目を覚ます可能性はゼロに近いですから……懸命なご判断をなされたと思いますよ」
あああああああああ。
毎日病室に来て「今日もかわいいね」って言ってくれた先生。半年近く風呂にも入ってないノーメイクボサ髪でそんなわけねーだろ本物の植物じゃねえんだぞ、とか思っててごめんなさい。
わかった。最近来るたびに先生のため息の数が増えていきてたのは、お母さんと私を殺す打ち合わせしてたからなんだ。
お医者さまは人の死なんてさんざん見慣れてるでしょとか思っててごめんなさい。
だから助けて。お願い。ねえ!
「お母さん、なにか最後に言い残したことは」
え? え? は? ちょ、なにこれ、お母さんの手ぇつめたい。
なんで? なんで? 私の手のほうがあったかいくらい。
「これで最後ね。お母さん、あなたが死んでもあなたのことを思い出しながら生きていくわ。天国から見守っててね」
自分に酔ってんじゃないよ。あなた昔からそういうとこあったよね。
って、え。
「では、外します」
嘘でしょ。
「はい」
待って、私、まだ。
「装置、止めてください」
「はい、先生」
やだやだやだ。
私まだ、やりたいことが、たくさん。
「本当だ……機械を外しても、まだ息はしているんですね」
「数十秒だけですけどね」
そう、そう。息してるの。
私はまだ生きてる。だから。
「死んでも、あなたは私の娘だからね」
死んでない! 勝手に殺すな!
先生、チューブを早く。
早く。はや……あれ……なんか、ねむ……。
……あああ! 寝たらだめだ!
……でも、なんだか、ゆらゆら、ふわふわ、きもちいいな……。

「できるだけ楽に死ねるように、痛みを感じない薬を投与しました」
「ありがとうございます。まあ、笑ってる。どんな夢を見ているのかしら……」

11/24/2024, 7:38:00 AM