かたいなか

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「タイムマシン。……タイムマシンねぇ……」
久しぶりにバチクソ不得意なお題が来た。某所在住物書きは3種の物語を組み、納得いかず白紙に戻し、最終的に無難な構成で妥協した。
すなわち「有ったら何する?」である。
「書きたいハナシはあるのよ。地球は太陽を、あと銀河系の中を回って移動してるわけだから、『24時間後の自分』と『今の自分』は空間的に、全然違う座標に居るワケ。そこを落とし込むとかさ」
それ書こうとしたら、クッッソ堅苦しくなって秒で白紙に戻したわ。物書きはため息を吐き、ポツリ。
「……下手に変わり種とか、からめ手とか、そういうの書くより、シンプルな方が性に合ってるのかな」

――――――

今日も東京は相変わらず。体温間近のギラギラ猛暑。どこかで救急車が鳴って、どこかの現場に飛んでって、どこかの病院に橋渡し。
私は電気代と食事代を節約したくて、あと「まだ先輩はここに居る」っていう安心が欲しくて、
職場の先輩のアパートに、5:5想定で光熱費と料理代を持参して、お昼ごはんとスイーツと、27℃前後の室温をシェアさせてもらってる。

先日先輩の初恋相手とバッタリ会ってから、先輩に昔々災害級のトラウマ埋め込んで、先輩の心をズッタズタのボロッボロに壊したっていう失恋相手とエンカウントしてから、
元々最低限しか家具の無かった先輩の部屋は、更に超最小限に片付けられた。
テレビ撤去。本棚は大幅縮小。消えた本はレンタルロッカーでお留守番。
一時期私に手作りで、具体的な日付を言うと6月16日あたり、初心者ながら丁寧にオートミールクッキーを焼いてくれたオーブンレンジも、どこへやら。
まるで、ここでの暮らしを近々畳んじゃうように。
トラウマな失恋相手さんから、いつでも、すぐ逃げられるよう準備して、それが完了しちゃったように。

いつか職場に突然来なくなって、連絡も取れなくなって、このアパートも引き払っちゃうんだろう。
ふぁっきん失恋相手さん(ふぁっきん)

さて。
「タイムマシンって、あるじゃん」
今日のごはんは先々週、11日あたりに食べておいしかった冷雑炊の、中華スープ版。それからコトコトじっくり煮込んだ鶏手羽元。
「アレあったらさ。私、失恋相手さんが先輩と合う前に、ボッコボコにやっつけられたのかな」
煮込んだ鶏の出汁で作ったパイタン風スープ含めて、全部合わせて塩分2g未満だとか。
相変わらず先輩のごはんは低糖質低塩分で優しい。
雑炊にしっかり味つけてる分、パイタンは鶏と野菜と生姜の出汁で、薄味に整えたんだって。

「『自分も怪物とならぬよう注意せよ』。お前まで怪物になってどうする」
手羽元のお肉をほぐして、スープと雑炊に入れながら、穏やかな白の甚平姿の先輩が言った。
フリードリヒ・ニーチェ、「善悪の彼岸」。
4月27日頃にも聞いた一節だ。まだ3ヶ月も経ってないのに、失恋相手さんのことを知らなかったあの頃が、ちょっと、長い昔みたいに感じる。

「ただ、」
ぽつり呟いて、つんつん。雑炊を突っつく。
「……」
何か言いたそうに、口を開けて、軽く閉じて、視線を少し下げて。言いたいことを、言おうか別の話題にすり替えようか、迷ってるように見えた。

「そうだな」
ぽつり。先輩が顔を上げた。
「それが有ったら、競馬か競艇あたりで億貯めて、今のクソ上司ともブラック気味な職場とも、早々にオサラバしてるだろうよ。お前もそうだろう」
すり替えたんだ。
何かもっと、言いたいことがあったんだ。
そう思う程度には、先輩はまだ寂しそうな顔だった。

7/23/2023, 6:19:09 AM