雨夜 和

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教師が、昔は子供という定義がなかった、という話をした。
まだ体が小さいだけで、他の大人と同じように扱われていたのだと。
クラスメイト達は、そんなはずないと大袈裟に笑う。

ツヤツヤの髪を揺らした、その笑い顔は女子高生を絵に描いたようだ。
良いよね、あんた達は。

アタシは急に、アカギレが目立つ自分の手が恥ずかしくなって、机の下に隠した。



校門をくぐり、その足でスーパーへ急ぐ。
フルーツは、やっぱり高いな。
玉ねぎ、ほうれん草、たまご。
今朝、書いてきたメモ通りカゴに入れた。
「良し、これで大丈夫だな」


「ただいまー。困ったことはなかった?」
「おかえり。ヘルパーさんも来てくれてたし、大丈夫よ」
ベッドのママは、まだ辛うじて動かせる右手で、アタシの手を握る。
「ありがとねぇ。今日は、学校どうだった?」
ママは、わざと小さい子に聞くように問う。
「うん。今日ね、急にテストとか言われて、めっちゃ焦ったけど、昨日復習しといたとこだったから、助かったよー」
やっぱりママはすごいな。
進行性の自分の病気が、怖くないはずないのに。
アタシが子供らしくいられる、この瞬間が好きって知ってる。
あの時、クラスメイトを羨んだことがよぎり、胸がチクリと痛んだ。

ーー神様、どうかママの病気の進行を止めてください。


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子供のままで

5/12/2024, 5:56:44 PM