見上げてみれば、色付いた葉が、陽光を受け止めて、白飛びしている。
赤を簡単に白くするほど、強い光は、木々の中で錯綜して、地面に届く頃には木漏れ日に、落ち着いてた。
木漏れ日にもぐって、ぼくの前をすすむ君も、落ち着いてる。
「まだ、ちょっとアツいね」
気まぐれなふうを装って、ふっかけてみた。
君は、スックスックと歩きながら、首を回してぼくを振り返る。
銀杏並木の道のりは、偶然貸切状態。
そんな特別を、木の葉が風にそよぐ音だけで乗り切るのは、寂しかった。
「たしかに、ハダアツい。
……風はもう冷たいんだけどな」
言い終わり、にっこり笑ってまた前を向く。
「今日はあまりふかないね、風」
自動車が、昼日を鈍く反射させ、ぼくにギラっと浴びせてくる。
自動車が起こす温風が肌を撫で、そこを反射光に焼かれるもんだから、ぼくの右半身がチョコ味っぽくなるのも時間の問題だ。
アスファルトを擦り走る音を残して、車はまた一台、また一台と過ぎ去っていく……
この道は、よく車が通る。この先に住宅街があって、ぼくらの背にはバス停がある、というのが、大体の理由だろう。
かくいうぼくも、先の住宅街に部屋を借りたばかりだった。
……家。
ぼくと、ぼくの前を歩く君が目指してるのは、そう、ぼくの家だ。
ようやく始まった一人暮らしで、初めて君を招くんだ。そう考えると、背中にジワっと熱がほとばしった。手を握ってみると、水っぽい手のひらが指先を受け止める。
緊張するな、意識するとな……
大袈裟に歩幅の小さくなったぼくを、君は知らずにズンズン前を歩いていく。
そういえばぼくの家を知らない君が前を歩いてるって、おかしくないか。
「この頃は、難しい季節だよなー……」
考えてたぼくは、君の気まぐれな言葉で一旦止まった。
前を見直してみる。君が立ち止まっていた。ハラリと落ちた銀杏がひとつ、君の足元に落ちる。この機会に、追い抜こうと過ぎったが。
ぼくは足を止めた。
「……どうしたの?急に立ち止まっちゃって」
君の顔を覗こうと、体を傾けてみる。
見えそう、というタイミングで、丁度君が振り向く。
ぼくを見上げるその目は、木の葉の影に沈んでいたけれど、白い頬はやわらかい陽の光に包まれて暖かそうだった。
「……疲れた、」
だっこしてくれ、と、腕まで伸ばしてねだってくる。
体を傾けているせいで垂れたマフラーを君が握って……ぼくの首を引き寄せた。
「……へ」
君の顔が急速に近づいて、ぼくの顔に接近して……!
「あ……」
ぼくの耳を通過してった。
「ん。もちあげてくれよ」
君は、ぼくの首に腕を回している。
こんな道の真ん中で、ハグのなりそこないみたいな体制で、ぼくは、……
「……?おい、アンタ耳、まっかだぜ?」
「〜〜もぉ〜っ!」
「うおうおうお……」
肩を、押し返してやった!
ちょっとよろめいていたが、ぼくも反動でよろめいたんだ、おあいこだ……
っいや、いやいや!ぼくのこの、この!いじめられ傷つき、踏みにじられた心は、君をよろめかしたぐらいで“おあいこ”にはならない!
……フーッと吹いてきた風に、ハラ、ハラ、と銀杏が落ちてくる。君に引っ張られたせいで少し形が崩れたマフラーも、風にのって揺れた。
「ど、っどーしたんだよ、いきなり」
やけに動揺した瞳でぼくを見つめている。ぼくは肩で息をしながら、君を見つめて黙っている。
車が、ぼくらの右隣を立て続けに過ぎ去って……落ちてく銀杏が、車の通過風でクルクル踊って……
停止してるぼくらの間を、世界はフツーに流れてく。
「……」
「…………」
「………………」
「………………………」
ぼくらの停止時間は、君がこてんと首を傾げたことで終わった。
なんだよその目、ずいぶん不安げだね……
君はぼくの動作に目の色を変えたが、ぼくは気にせず、姿勢を正した。
「だっこはしない、ホラ、君先、歩いてよ」
君は、上目遣いにぼくを見上げていたが。
ぼくの言葉を聞くと、しっかり顔をあげて「ヘンなヤツだな」とにっこり笑う。
そしてまた、ぼくに後ろ姿を見せて、目的地もハッキリ知らないないのに、先陣切って歩いてくれる。
「……これで、おあいこだよ」
銀杏から零れる陽の光が君とぼくをささやかに照らして、ぼくのちいさなつぶやきは、車の通過風に踊った。
こんな銀杏並木を、貸切状態で君と歩けるんだ。景色と君を、写真になったつもりでこの目に焼き付けなきゃあ……君を駅まで迎えに行った張り合いがない。
だから先を歩いてほしいや。
10/17/2024, 3:51:35 AM