八木

Open App

帰り道、ふと、雨が降りだしたことに気づく。
大した事ない雨だ。いつもなら気にとめずそのまま歩くが、今日は人に会う予定があるのであまり濡れたくない。
傘、あったかなと鞄を探ると、底の方にしばらく使ってなかったちいさめの折畳み傘を発見した。
ラッキー、と傘を開く。

しとしと降る雨の中を歩きながら、最後にこうやってこの傘を開いたのはいつだっけ、と思い返してみる。

あぁ、そうだ。
傘を忘れた彼をみかけたときだ。

彼とは普段良く話すわけでもないが、正面玄関でぼーっと立っていた彼の背中が、なんとなく寂しそうに見えて、不思議と泣いてるようにもみえたので、思わず、これ使う?と傘を差し出したのだった。
彼は最初きょとんとして、傘と私の顔を交互にみつめていたが、どうも、とぼそりとつぶやき、傘を受け取った。
そしてそのまま、持つから入って、といって傘をすこし傾ける。
私は私で、思いがけず声をかけたことに自分でびっくりし、その上一緒に入ることになるとは思ってもいなかったのでさらにびっくりしたが、なんとなく、促されるまま傘の中に入ったのだった。

小さめの傘の中、お互いほとんど話すこともなく黙々と歩いた。最初は少しそわそわしたが、案外居心地がよかったのを覚えている。傘は二人ではいるには小さくて、肩が少し濡れた。きっと彼もそうだったと思う。けれど不思議と嫌ではなかった。

てくてく歩きながら、傘の中にわざと1人分の空間をあけてみる。
いつかまた、この左隣が埋まる日が来るのだろうか。想いを馳せてみる。

6/19/2024, 1:16:53 PM