『目が覚めるまでに』
ふよふよ、ふわふわ。わたしは漂う。どこからきたのか、どこにいくのか分からない。ただ、気がついた時には目の前の人に憑いていた。初めの方では彼女は私に気付いていなかった。彼女の日常を眺めているうちに、楽しい気持ちになった。その頃からだろうか、彼女と目が合うようになってきた。鏡越しに重なる視線にどきっとした。
「うぇぃ……どゆこと」
彼女が完全に私のことを認識した。だって、私と目が合うし、左右に動くと目で追ってきた。彼女は首を傾げながらそのまま普段通りの生活を進めていた。
『なんか拍子抜けする。私のことが怖くないのかな』
私は彼女に興味が湧き、そのまま憑き纏うことにした。もともと一つの場所や一人の誰かに憑いてはいなかった。私はただ流されるまま漂っていたが、意思を持って憑こうと思ったのは初めてだった。
「おねーさん、なんか楽しそうですね。良いことありました?」
『あぁ、うぁ……ぅぐぁ』
「んー、やっぱりなに喋ってるか分かんないや。でも、楽しそうでなにより」
二人で時間を共有できることに私は幸せを感じていた。きっとこれは私が過ごしたかった日々なのだろう。私が何者であるかわからないが、涙が出るほど彼女と過ごす日々が幸せだ。夢の中でふわふわと漂っている様で、目が覚めないことを祈るばかり。
「ふぁあ、私もう疲れたからもう寝るね。おやすみ」
彼女はベッドに入りリモコンで電気を消していた。
私は彼女の横に座り込み、ベッドに横たわる彼女を見つめる。彼女にとってはこの生活は非日常で、私は早く消えなければならないだろう。きっとこの現実は彼女にとっての悪夢だろう。でも、今だけは彼女の目が覚めるまでにこの我儘を許してください。
8/3/2024, 2:03:11 PM