彩士

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「ワタシは過去の記憶を持っていまセン」
「でも、未来のことなら分かるヨ」

「君もそうでショ?」



つまらないテレビ番組を大音量で流しながら、煙草をふかしていた。
つまみには柿ピーとピクルス。
カシュ。
ビール缶を開けては、冷えたもう一本を取りに冷蔵庫へ行く。
カーテンの隙間から見える景色は真っ暗で、電柱の灯りに虫がたかっている。
よく分からないところで爆笑しているタレントを、何の感慨もなく見つめる。
こいつは何がおもしろくて芸能界に入ったんだろうか。
ブチっ。
見るのをやめてしまった。
明日も仕事だ。
つまんねぇ、やりがいのねぇ仕事。
なんで俺はこんな人生送ってんだ。


寝てたらなんやら物音がした。眠い目を擦りながら、ベットサイドに立てかけてあったゴルフのクラブを握って、その方向へ向かう。
だんだんと目が覚めてくると、ゴソゴソとしている変な奴がいた。
電気をつけて見ると、ピエロがいた。
そう、ピエロ。あの、ピエロ。
突然ついた光に驚いて、俺の方を見ていた。
気持ち悪い。
「だれだよ」
そいつは何か音を発した。
だがよく分からない言葉だ。
そしてよく分からない言葉を何度か繰り返して、やっと答えを見つけたかのように言った。
「これ、聞こえてるネ?」
気持ち悪い。
「ワタシあなたと同志ダヨー」
「ワタシは過去の記憶を持っていまセン」
「でも、未来のことなら分かるヨ」
「君もそうでショ?」


俺は数ヶ月前に起こした事故で記憶が飛んだ。
基本的な言葉覚えてるけど、確かに思い出は吹き飛んだ。
体が吹き飛んで修復不可能になるよりかは良かった。


「ワタシは、いろんな時間を旅シテル」
「未来にだけは行けル」
「だから未来のことなら覚えテル」
「未来ってなんだと思ってル?」
「ワタシには分からないネ」
「だからあなたと旅をシテ、分かるようにナルネ」


その家には、
飲みかけのビールが、あと一口だけ残されて、
あとは全部消えてしまった。

2/12/2025, 1:47:47 PM