「恋か、愛か、それとも」
ふと鳥の声が気になって目が覚めた。時計を見ると5時になろうかというところだ。
隣に寝ている妻はまだ寝息を立てている。俺は勢いよく起きると布団をバタバタと片付けた。
キッチンへ行って朝ごはんを作る。ほかほかの米を茶碗によそってインスタントの味噌汁を作る。
本当は出汁から作った味噌汁だと尚良いのだが、妻がめんどくさがって作らないのだ。
そしてこれも本当は自家製のものがいいのだが、スーパーで買ってきた柴漬けを手に取って食卓に座る。
新聞を開くと若者の精神障害を特集する記事が載っていた。およそ今の若者の30%が鬱やら適応障害やらなんやらで働かないそうだ。
「まったく嘆かわしい」
精神障害なんてそんなものないに決まってる。自分たちが都合のいいように作り出した病気で働かない言い訳にしているだけなのだ。
気分が落ちたり、面倒だと思うことは誰にでもある。しかしそれは根性と気の持ちようの問題であって、病気なんぞではない。
自分はなかなか昭和な男だと自負している。最近は頭が固いだの、時代遅れだの揶揄されることが多くなってきたが、自分は胸を張って昭和の男だと言える。
昭和の男はかっこいいのだ。仕事一筋、言い訳や弱音なんて吐かずひたすら汗水垂らして家族のために働く。強い信念を持って生きる様はまさに男らしいだろう。
「最近の日本は弱くなるばかりだ」
新聞を読めば読むほどイライラして机に茶碗を叩きつけた。
今日は休日だ。こんなイライラした気持ちで過ごすのはもったいない。せっかくだからランニングでもして気分転換をしよう。
昔買ったウェアがあるはずだが、どこにしまったのか。タンスの中を調べても見つからない。
妻がまたどこかへやったのだろう。まったく。
「なあ、俺の昔買ったランニングウェアってどこにあるんだ?」
足元で寝ている妻に声をかける。
妻は冬眠明けの芋虫のようにくねくねと伸びをした。
寝ぼけているのかなかなか答えない。
その様子がじれったくて声を荒らげる。
「おい!起きろって!どうせお前が引っ掻き回したんだろ?」
妻はうるさそうに布団を被り直した。
また始まったよ…と小声でぶつぶつ言っているのが聞こえる。
「ウェア?そんなもんとっくに捨てましたよ。20年以上前に一回着てそのまま着なかったから捨てました」
俺はカッとなった。勝手に人のものを捨てるなんて言語道断だ。ものを大切にしないのも気に入らない。
怒鳴り散らしたくなったが、朝から喧嘩などしたくない。俺は諦めてTシャツを来て外に出た。
妻とは見合い結婚だった。それほど美人というわけではなかったが大人しくて、俺より5歳若く家事もできるとのことだったので結婚した。
子供も作ったが、いつのまにか学校を卒業して、いつのまにか独り立ちして家を出ていった。子供とはいい思い出があまりない。いつもうるさそうに馬鹿にしたような顔で俺を見ていた気がする。
「お母さんよくあんなのと結婚したね」と密かに言っていたのも知っている。だからあまり子供が好きではないのだ。
妻も歳を重ねるにつれ俺に歯向かうことが多くなった。これまで散々我慢してたんです、なんて言っていたけれど、妻は夫を黙って支えるもんだろうが。
それでも俺は家族を大切にしていると胸を張って言える。一軒家を買ってやったし不自由のない暮らしを与えてやった。妻も恋愛結婚ではないものの、愛しているし一般的で幸せな夫婦だろう。最近喧嘩は多いが怒鳴ればすぐに終わる。至って普通だ。
しかし20年着なかったからといって人のウェアを捨てる奴がいるか。やはりイライラするから帰ったら叱ろう。
そして俺は誰もいない家に帰宅することになった。
テーブルには離婚届が置かれていた。
6/5/2025, 10:05:36 AM