壁の裏には何があるのか、
私はずっと知っていた。
知っていたけれど、誰にも言わなかった。
言葉にした瞬間、
世界の形が変わってしまう気がして。
家の廊下を歩くと、
二歩だけ音が違う板がある。
指でなぞると、
そこだけわずかに温度が違った。
幼い頃、そこに耳を当てて──
ずっと、何かの息づかいを聞いていた。
母は、私のことをよく叱った。
「また変なこと言ってる」と。
私は黙ることを覚えた。
黙って、見て、嗅いで、感じたものを、
飲み込んだ。
音の大きさは増していった。
ある日、我慢できずに声が漏れた。
「ここに何かいるんだよ」
その瞬間、母の目はわずかに震えた。
それは怒りではなく、恐れだった。
私は知ってしまった。
母も、その存在を知っていた。
だって、それはわたしの形をしていたから。
夜。灯りを消して、目を閉じると
あの音がまた聞こえる。
わたしが、壁の向こうで泣いている。
あの日からずっと、同じ場所で、同じように。
私は知っていた。
ずっと知っていた。
でも、それは「隠された真実」だった。
わたしが隠れたんじゃない。
私が、隠しておきたかったんだ。
7/13/2025, 12:29:38 PM