ココロ

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村があった。

村は人が寄り付かぬような山の奥深くにあり、村人は細々と生計を立てて暮らしていた。実り豊かな土地であったが、そんな村にも近年頭を抱えている問題があった。


水害だ。
水害の被害は家屋や田畑、人にまで及び、多くのものが流され、大切なものを失った。
村を取りまとめる長は、このままにはしておけぬと集会にみなを呼び集めた。

「供物を納めねばならん」

白羽の矢が立ったのは年端も行かない6つの子どもだ。
少女は場のものものしい雰囲気に怯え、母親の背に隠れるようにして大人達の顔を伺い見ている。


「おお、文代さんのとこの子か。ほんにめんこいのう」
「可愛らしいおなごの子じゃ、龍神様も喜んでくれるぞ」

龍神様は健康で汚れない心を持った人間を好む。
だから選ばれたのだと口々に言う。


しかし誰もがそれは表向きの理由である事を知っていた。
実際は、他村から移り住んできた、いわばこの親子二人が「余所者」であるからだ。母親は、自分達が周囲にとけ込めず部外者のような扱いを受けていたのは百も承知の上で――、言えなかった。
娘の事を愛していなかったわけではない。娘を庇うことで今度は自分に矢が立つ事を恐れたのだ。


儀式は粛々と行われた。
重石をつけた縄で両手両足を縛られ、海へ続く濁流へと捧げられた娘一人を除いては。


娘が供物として捧げられた翌年、水害の被害が収まった村では宴が開かれた。
雲一つない星が瞬く夜。
握り飯やら旬の野菜やらを扱った簡素な屋台も並び、誰もがその平穏を噛みしめた。


その宴に姿がない者が一人。
村のはずれの小さな小屋から、人知れず嗚咽し涙する声が響いていた。


「ところにより雨」

3/24/2023, 12:30:21 PM