楠征樹

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《ところにより雨》#20 2026/03/24

「春雨じゃ、濡れてまいろう」
「何それ?真希」
「知らん」
 即レスに、樹里は目を丸くする。
「知らんって」
「こんな時にさ、おやじ殿が良く言ってたからさ」
 今どき珍しい、時代劇とかが好きだったおやじ殿。
 放課後、にわか雨。見上げると、桜並木。この程度の柔らかな雨なら、散ることもないかな。
「まあ、超よゆーってことじゃない」
「そか」
 折りたたみを広げかけた樹里が、それをしまう。ああ、相合傘も悪く無かったけど。
「そいえば、この時期だったっけ」
 樹里が手を繋いできた。
「うん」
 命日。
「今度の休み、行ってくるからさ」
「うん、気にしないで」
 デート日和だけどな…あ!
「樹里も一緒に行こ」
「いや、でも…」
「全然、気にしないで。おやじ殿も会いたがってるよ、きっと」
 幼稚園からの友達の中で、樹里だけは妙におやじ殿と馬があって。樹里んちとは、家族ぐるみの付き合いってやつだ。
「じゃあ、お母さんに聞いてみる」
「うん、母上も喜ぶよ」
 張り切ってお弁当を余分に作る姿が目に浮かんだ。
「お墓参りついでにお花見しよ」
「うん」
「あとさ…」
 ニヤっと付け加えた。
「娘さんを私に下さいって、伝えてあげてよ」
 樹里の手の、握る力が一瞬強くなった。
「いやいやいや」
「いや?」
 樹里の横顔は、赤い。
「嫌、じゃ…ない…」
「やった!助かるよ」
「助かる?」
「うん」
 こんな日でも、あの日のことを思い出すような、こんな、にわか雨の日でも。
「樹里がいてくれたら、あたし、超よゆーだから」
 樹里の目が、私を見て、ニカッと微笑んでくれた。
「分かった。真希が嫌って言っても、この手は放さんから」
「うん」
 いつの間にか、雨は上がっていた。
 きっと、来年の今頃も、私の心は雨模様だけど。
 でも、樹里がいてくれたら、平気だ。
 春雨じゃ、濡れてまいろう。

3/24/2026, 11:39:48 AM