桜井呪理

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「冬の足跡」

あるところに、小さな小さな森があった。

人なんてだあれもいない、

ひっそりとした場所。

そのなかに、せんねんも生きたクスノキがいた。

クスノキはずっと一人だった。

あの日までは。


ある日の夜、

普段感じたことのない気配で目が覚めた。

根本に何か重みを感じたクスノキは、自分の根元を見下ろした。

そこには

小さな女の子が眠っていた。

両親に捨てられたのか、どこからか逃げてきたのか

わからなかった。

女の子は目を覚まし、クスノキを見て笑った。

その日から、クスノキは一人ではなくなった。

根本にはいつもあの子がいる。

自分に話しかけてくれる。

それがどんなにうれしかったことだろう。

そして何より。

クスノキは、女の子の足音が好きだった。

あの枯葉を踏む音。

冬の足音とも言えるあの音が、クスノキは大好きだった。

でも。

あの子は死んでしまった。

あの日、女の子はクスノキに登っていた。

その時。

強い風が、女の子の痩せた体を吹き飛ばしたのだ。

クスノキは必死で腕を伸ばしたが、

届かなかった。

女の子は地面に落ちた。

ぐしゃり、とつぶれる音を、

クスノキは何もできずに聴いていた。

ある夏のことだった。






今年もクスノキの葉は落ちる。

でも。

あの音が聞こえない。

冬の足音が

あの子の声が。

クスノキにも、冬は来なかった。

女の子のいないこの森では、生きる気がしなかったのだろう。

今日、雪が降った。

凍りついて枯れたクスノキと女の子は、背中合わせで佇んでいた。

冬の足音が聞こえないまま。

ずっと

ずっと







12/3/2025, 3:24:14 PM