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「嵐が来ようとも」

もう何日も陸地を見ていない。正しい方向に向かっているのか、それすらわからない。けれど進むしかない。流刑地を抜け出してどこに行こうというのだ。そう言って残る者の方が多かった。

その島は6カ国が利用する共同流刑地であった。そこに流されるのは政治犯と決まっている。国家に対する反逆を企てた者、為政者を批判した者、禁止された思想の持ち主などだ。

6カ国は元は同じ国だった。6つの民族が共存する帝国で、皇帝は順番に選ばれ平和が続いていた。それがある民族から独裁者が出現し武力で他の国を圧倒し独裁体制をしいた。

この島は帝国であった時代から流刑地であったが、殺人など凶悪犯が送られる島だった。それが独裁体制以後、独裁に反対する者たちが送られる地となった。

絶海の孤島だけに牢獄などなく、島にいる限りは自由だった。凶悪犯も自由を満喫し悪事を働くこともなくなった。

しかしである。政治犯が来るようになって事情が変わった。独裁に反対してここに来たはずなのに、島の秩序を作るとかなんとか、本国も顔負けの独裁体制ができつつあった。

元からいた凶悪犯たちはあとから来た政治犯と区別され、集団で住むことを強要され建設中の牢獄に入れられるという噂が広がっている。

意を決した人々は嵐の中を出港した。たとえ海の藻屑となろうとも自由を失うよりはましだ。嵐が来ようともその決意は揺るがない。

今日も漂流しながら残りの食料をめぐって争いが起こるだろう。凶悪犯が凶悪犯に戻るときが来るのか、無事に陸地にたどり着くのか、はたまた皆で餓死するのを待つのか誰も結末を知らない。


「澄んだ瞳」

今日もいつものハンバーガー屋で夕食を済ます。いつもの君に会えなくて少しがっかりする。

「いらっしゃいませ」

初めて君がここに来た日、控えめに発せられた声、まっすぐにこちらを見つめる瞳、君が待つカウンターへと吸い寄せられた。

わかっている。僕はただの客。君の澄んだ瞳は誰にでも向けられる。それはわかっているけど、僕の前に立つ時だけは僕のものだ。

気持ち悪い?そうだよね。大丈夫。そう思うのはここにいるときだけ。店を出ればもう関係ないのだから。

今日は会えなかったから、食べ終わると早々に店を出た。駅に向かう途中、誰かが僕の前に立った。澄んだ瞳の君。

なぜ?

「こんばんは」

店じゃないのになぜ?

誤解してしまうよ、君の瞳が特別になるよ。

「あなたの澄んだ瞳が好き」

その言葉は僕がずっと思っていたこと。君からその言葉を、僕に?

7/31/2024, 2:48:50 AM