『春爛漫』
「雨だねぇ」
「雨だな」
教室の窓辺で隣の席の同級生が黄昏ている。その姿を俺は隣で見ていた。
「この時期の雨って最悪じゃない?」
「なんでだよ」
「折角桜が満開になりそうだっていうのに、雨のせいですぐに散っちゃうんだよ?満開になることなく落ちちゃうんだよ?もったいなくない?」
「あぁ、そういうことか。まあその気持ちはわかる。俺も去年友だちと花見しに行く予定をたてた前日に雨が降って、満開の桜は見れなかった」
「でしょー?まったく、天候とやらはどうしてこう気まぐれなのかね」
「なぜ急に口調が変わる」
「それはもちろん君に語りかけているからさ。さて、どう思うかね、少年」
「しかも急に年下設定が追加された。同級生なのに」
隣の席のコイツは、こういうところがある。突然ロールプレイを始めるのだ。しかも、満足するまでやめることがない。酷い時には一時間続いた時もあった。授業をまたいでまで続ける始末。今回ものってやらないと終わらないぞと判断した俺は、コイツの設定に合わせて話を進めることにした。
「…それは、雨も桜を見たいからじゃないですか?」
「ほう、それは面白そうな見解だ。続けたまえ」
少年、という設定から、理屈よりは感情的な内容で話を進めたほうがいいかと判断し、少し頭の悪そうな回答をしてみたが、どうやら正解だったらしい。話を続けるように促された。
「だって、寒いときはあまり雨が降らなかったのに、あったかくなってきたころに急に雨が降り始めるんですよ?これはもう雨も季節を感じたいということじゃないかって思うんです」
「雨も桜を見たい、と。そういうことかね?」
「そう思います」
簡潔だが満足してもらえそうな回答はできた、と思う。あとはコイツが満足してくれれば話はそれで終わりなのだが……。
「それはなんとも感受性が豊かな発想だな。面白い。私も雨とともに見たくなってきたよ」
「は?何を?」
「桜だよ、桜!ちょうど花の雨、という言葉もあることだし、このあと桜でも見に行くのもまた一興ではないか!」
あ、これは嫌な予感がしてきた。
「い、いいんじゃないですかー?楽しんできてくださいねー」
「何を言う!君も行くに決まっているじゃないか、少年!」
やっぱり‼
「行かねぇよ!今日はこの後そのまま家に帰るわ!」
ついいつもの口調に戻ってしまった。しかし、そういいたくなるくらいには突然な話であった。
「でも特別用事があるわけでもないんでしょ?ちょうどいいじゃん。桜もほぼ満開になっていることだし」
「それでなんで俺が着いていくことになってるんだよ」
「君が言い出したんじゃないか」
「言ってない。断じて言ってない」
「まあまあいいじゃん。雨の中の桜って見ようと思ってみるもんでもないし。今回だけ、お試しで!」
「…………。わかった。一時間だけだぞ」
「やったぁ!早速行こう、すぐ行こう!」
果たして今までの話のどこにコイツの琴線に触れるものがあったのか。俺には一切理解はできないが、楽しそうにしているのならまあいいとする。
雨に散る、桜の下で笑う君は、きっといつもの笑顔なのだろう。
3/27/2025, 10:40:30 AM