たろ

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※閲覧注意※
IF歴史?軽率なクロスオーバー?
タイムトラベラーなモブちゃんが、普通に居るよ。何でも許せる人向け。

《泣かないよ》

水面に映る月を見下ろす。
『…きっともう、戻れないんだ。』
諦めるしかないと言い聴かせる程に、心は千々に乱れて涙が溢れそうになる。

「あら、暁。何を見ているの?」
後ろから掛けられた声は優しく、この屋敷の女主人のものと、理解している。
「まぁ、月が浮かんでいるのね。」
半分に近い、ふくよかな三日月が水面に浮かんでいるのを、女主人は隣から覗き込む。
「お月様、私は好きよ。あなたは、お好き?」
物怖じせず、声を掛けてくれる女性に、こくりと頷いて見せる。
「ふふふ、綺麗な月。」
女性を直視しないように気を付けて、池に浮かぶ月を見つめる。
「ねぇ、暁。お郷が恋しい?…ええと、お家に、帰りたい?」
部外者だと切実に感じていて、歴史を見ているのだと頭の片隅で理解もしている。
『帰る事が出来るなら、帰りたいです。でも、もう戻れないとも、思うんです。諦めるしかないのに、苦しくて。』
風に揺らぐ水面の月。女性の袖の端に触れて、答える。
「当然の事よね。辛い事を尋ねてしまって、ごめんなさい。ただ、あなたさえ良ければなのだけれど…。あの人の為に、ここに居て欲しいの。」
女性の大切な人。彼女の夫であり、最愛の配偶者。
(何で?新婚なのに…。)
最近、祝言を挙げたばかりなのだ、と周囲の奉公人に教えてもらった。
とても仲が良く、睦まじい夫婦であり、仕える身には誇りであると。
「あなたを独りにしてはいけない、と私は思っているの。だから、ここがあなたのもう一つのお郷になってくれたら、何より素敵な事だと思うの。」
見ず知らずの異質な自分を、躊躇いなく受け入れるこの女性が、今は何を考えているのか解らなくて、とても怖かった。
「あまね、何を…。あぁ、暁か。」
女性の夫がのそのそと近付いてくる。
にじり下がって平伏して、いつでもこの場を去れるように踵を持ち上げる。
「月が綺麗なのを教えてくれたの。一緒に見たくて。旦那様も、ご一緒なさらない?」
お酒を持ってくると言って、女性が立ち上がろうとするより前に、立ち上がってふたりの前から、逃げ出した。

(気に入られている内は、ここに居よう。)
駄目なら追い出されるか、首が飛ぶかするだろう。その時は、その時なのだ。
『もう、泣くのは止めよう。』
この世界で生きていく術を、身に付けようと決意を新たにした。

3/17/2024, 12:09:57 PM