鏡の森 short stories

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#004 『お師匠様の宝物』
異世界/FT

 満月の夜、露台(バルコニー)に出されたお師匠様の水晶玉を眺めるのが好きだった。
 そばには虫除けの香を焚いて、窓は全開。たくさんの月の光を取り込めるようにと、手すりのそばに高く掲げて。
 水晶玉は無色透明だけど、離れて見ると鏡みたいに周りの景色を反射する。
 この水晶玉を使うお師匠様の占いはよく当たると評判らしい。遠くの街からお忍びでやってくる人もいるのだけど、お師匠様は素性をあっさり言い当ててしまうのだとか。
 普段は立ち入りを許されない部屋にある水晶玉を間近で見られるのは満月の夜だけの楽しみだ。でも、不用心じゃないのかな? ここは外から丸見えだし、お月様を反射してキラキラしてるよ。心配になって言ったことがあるけれど、お師匠様は全然気にしていないようだった。
 ある日のことだった。館へ来て、すぐに追い出された若い男がいたと思ったら、仲間を連れて戻ってきた。何人かで玄関を乱暴に叩いたけど、お師匠様は開けなくていいと言う。
 折しも、その夜は満月で。
 日の沈み切らないうちからうっすらと姿を見せたお月様を見上げて、今夜もいい満月だねぇ、とお師匠様はニコニコしている。館の前庭にたむろするお客もどきのことはまったく気にならないみたい。
 お師匠様がいいと言うならいいんだろう。でも、寝ずの番でもしていようかな。そんなことを思って、露台に椅子を引っ張り出し、間近で水晶玉をじっと見ていた。
 近づいて見るほど水晶玉の透明さがよく分かる。井戸から汲み上げたばかりのきれいな水を覗き込んでるみたい。向こうの景色が少しだけ歪んで見える、無色透明の世界。お師匠様はその中に、のぞいた人の全部が見えるのだと言う。弟子入りを許してもらえたのは、とっても無垢で気に入ったから、らしい。
 無垢ってなんにもないってこと。弟子入りする前、お師匠様に拾われた日より前のことはなんにも覚えていないから、だから気に入ったのかもしれない。
 水晶玉の向こうの夜をのぞいていたら眠くなって、いつの間にかうとうとしていた。夢の中で鴉が鳴いてる。頭の上で、二羽、三羽。ぐるぐる回って鳴いている。
 ガァー、と一際大きな声が響いたと思ったら、頭を何かで叩(はた)かれた。びっくりして飛び起きて、露台に上がり込んだ鴉の大きさにまたびっくりする。鴉ってこんなに大きい鳥だっけ。広がった羽で露台が埋まってしまいそう。
 その話の隙間から人間の腕がのぞいて、水晶玉を台座の布ごと脇に抱えた。と同時に後ろから羽交い締めにされて、叫び声を上げる隙もなかった。
 鴉なのか、人間なのか分からない彼らに抱えられ、露台から庭までひとっ飛び。急な落下に目が回る。
 飛んでいかないっていうことは、きっと彼らは人間だ。鴉の力を借りたのだろう。
 このまま連れ去られるなんていやに決まってる。それで必死に身をよじって抵抗していたら、並走していた人間が大きな声を上げた。抱えていた水晶玉から炎が上がって、ごうごう燃えていた。
 おうおう、威勢のいい罪人(とがびと)だこと。館の方から声がする。その威勢は使いどころを間違えちゃいけないよ。
 束縛が解けてふわっと体が浮いた。よく嗅ぎ慣れたお師匠様の香の匂い。鴉から人に戻った男たちは森を這うように逃げていく。
 さあ、あたしの宝物。お師匠様の声にうなずく。
 さあ、あたしの宝物。満月の下へ帰ろうか。

《了》
お題/無色の世界
2023.04.18 こどー

4/18/2023, 12:39:28 PM