向かい合わせ
日常に生まれる、ひとときの邂逅。
その人が私の向かいに座ったのはまったくの偶然だった。
一目見た瞬間、一気に視線を奪われた。
切れ長の瞳にすっきり整えられた髪。
体のラインにぴったり沿ったスーツはスタイルの良さが際立っていた。
向かい合っているけど視線は合わない。
私と彼の間では出たり入ったりと人々が行き交ってばかりだし、そもそも彼の視線はスマホの画面に注がれたままだ。
でもそれでよかったのかもしれない。
目が合ってしまったら、きっと私は耐えられない。
『次は◯◯駅〜、◯◯駅〜』
すいっと彼が立ち上がる。
油断していた。
自分が降りる駅がもう少し先だから、タイミングを逃してしまった。
言いたい。言わなきゃ。
今言わないと、絶対後悔するーーー。
「あの!」
振り返る彼。
「チャック、開いてますよ!」
言い終わった瞬間、プシューっとドアが閉まったのだった。
8/26/2023, 10:03:44 AM