秋埜

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 ピアノの鍵盤をひとつ、ふたつと叩くように、雨はゆっくりと降り始めた。降ってきたねと呟いて、あなたはふたつ並んだカップにお茶を注ぐ。ティーポットを掴む指は細く長く、適度に節の立って美しい。
 携帯の画面に目を落とすふりをしながら、その優美な手をシーツに縫いつけることを考える。やがて注ぎ口からぽたりぽたりと滴る琥珀色。目の前に置かれたカップから香り高い湯気が立ち昇る。
「今、何か変なことを考えていなかった?」
 あなたは意外に勘がいい。
「変なことってなあに?」
 アタシはすっとぼけてニヤリと笑い、カップに口をつけた。口中に広がる芳しさを楽しみながら、ゆっくりと飲み下す。何を考えていたかって?そうね、例えば。これからあなたの頬を濡らす涙について。それとも上気した肌を伝う汗について。これからゆっくり教えてあげる、アタシのお姫様。
 窓硝子を淫らに這う雨が、とろとろと官能をなぞる。ピアノの鍵盤を叩くように、アタシの指はあなたを奏でるだろう。あなたのこぼす雫は地面に染みこむ雨のように、アタシの耳を濡らすだろう。
 

4/21/2023, 2:38:53 PM