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ページをめくる


窓辺に揺れるレースカーテンの合間に
キラキラと光を受ける厚めのノート

たった一行のそっけない毎日の記録

初めのページは三年前

──今日から記録をつける。
あの人らしい飾り気のない一文にクスリと笑みが溢れる。

優しい秋の風がページを巡る指を、
私の頬を、髪を撫でていく

二年前、私と貴方が出会った日
すこしドキドキしながらページをめくった
──とても、美しい人に出会った。

驚きに瞼がぐいと、持ち上がる
そんな事、微塵も顔にでてなかったじゃない

それから一ヶ月後、初めてのデート

──楽しかった。もう少し、一緒に過ごしたかった。

その半年後、告白の日

──絶対叶わない思いだと思っていた。まさか、彼女から。

それからの日々。

──幸せだ。
──ずっと、こうして二人で過ごしていきたい。
──美味しいレストランだった。今度は彼女を連れてこよう。
──綺麗な空だ。一緒に見れたら良かった。
──彼女へ旅の土産を沢山買った。今度は二人で来たい。

普段から言ってくれれば良かったのに
まぁ、言わなくても伝わってたけどね

ガチャリ、と部屋の扉が開く。
彼はまっすぐとノートが置かれた机の前までやってきて
私が開いた途中のページから続きを見ていく。
私はその後ろから覗き込んで。

貴方は少し笑って、少し顔をしかめて、最後の、真っ白なページの前で貴方はポロリポロリと涙を流す。

ちょうど一年前、私が生を終えた日。

ごめんね、ごめんね。
貴方に伝えたい言葉はたくさんあるのに
私は、こうしてページをめくって
貴方の思いを受け取ることしかできない

届けたい、そう強く思った時
一際大きな風が吹き、ノートはパラパラとページをめくり
最後のページへと行き着く

ああ、そうだ
私も忘れていたけど
一年と少し前に
ちょっとしたイタズラをしていたのだ

これを、みたら貴方は何ていうかなって

「だいすき」

私の声は聞こえていないだろうけど
文字と共に私はそっと呟いた

9/2/2025, 1:40:33 PM