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 指先に刷毛を載せ中央、左右に滑らせる。多すぎず少なすぎず分量の調整が難しいけどうまく塗れたと思う。1番視界に入るであろう親指がよれることなく満足のいく仕上がりになった。ネイルを塗るべき箇所はあと9本残っている。利き手は綺麗に塗れるとして何ら問題はないが、問題は利き手じゃない方。

 持つ手はぷるぷるするし真っ直ぐに線をひけないのだ。かといって落として塗り直せば右手に塗ったネイルが剥げてしまうからそれは避けたい。考えあぐねていると

「俺が塗ってもいい?」
 一部始終を見ていた彼がネイルの小瓶をさらっていく。青色の小瓶の中身は瓶と同じく海の色で一目惚れをして買ったもの。大好きな彼の色でもある。
 真剣な眼差しが爪に注がれ、爪の先に丁寧に丁寧に青が塗られていく。自分ではなんとも思わなかったのに塗料の冷たさと刷毛の動き、『言葉にできない』くすぐったさに我慢できなくてクスクス笑ってしまった。
「くすぐったい」
「お客様、笑うとブレてしまうよ」
 この感覚は後で彼にも体験してもらおうと思う。きっと彼も笑うはずで、静かな時間が過ぎていった。

「ムラなく塗れたと思うけど、どうかな?」
 解放された手を広げると指先に海が。気泡だって、刷毛筋も何も見当たらない完璧な仕上がりに、彼の器用さにほぅっと息をついていた。

4/11/2023, 10:25:28 PM