NoName

Open App

1年後

 昼飯時、相棒との雑談中である。
「一年くらいで結婚しようかって言っててさ」
「一年あれば結婚できるの?」
 割って入ってきたのは、普段この手の話題に反応しない上司だった。
「誰か結婚されるんですか?」
「したいけど何すればいいかわからないから、君から聞き出そうと思って」
 俺のリラックスタイムと惚気るチャンスを返してほしい。
「お相手は…」
「まだ付き合ってない」
「…ちなみにその人はアンタのご好意にお気づきで」上司は少なくとも女性に興味がない。
「気づいてないしこのままだと一生気づいてもらえなさそう。どうすればいいと思う?」
 どう考えてもついこの間お目付け役になった新人のことだろう。
 知るかと叫びそうになったところで、相棒が助け舟を出してくれた。
「え、とりあえずお前はどんな感じで出逢って婚約できたわけ?」
 ひとくさり惚気てみたが、上司は流されてくれなかった。

「仮に君みたいに相手の好意を得られたとして、そのあとどうすればいいの?」
「最後は結婚式っす。教会か役所で、証人が二人必要です」
「式…証人…?」
「親族とか友人とか、誰かいるっしょ」
「一人もいない」マジか。
「ちなみに先方は…」
「家族はいない。友人はいるかもしれないけど知らない」
「まあ誰でもいいんで、結婚したことを知られてもいい人に頼んでください」
 元々小柄な上司がさらに小さくなってしまった。上司より小柄な相棒が慰めている。
「まずは頑張って、お相手に気持ちを伝えましょう。まずはそれからですが…難しそうですか?」
「難しいから、とりあえず断れない状況にもっていこうと思う」
 人権軽視も甚だしい宣言がなされたところで昼休憩が終わった。

 一年ほど経って自分の結婚式が済み、事務方に書類を出しに行った。
 書類を渡そうとしたら総務の連中に取り囲まれて、これはどういうことかとタイムズ紙を突きつけられた。
 社交欄には、亡き◯◯卿の次男である上司が「国家公務員の男性」と結婚したという個人情報が堂々と載せられていた。
「いや、今初めて聞いたっす」
 嘘は吐いていない。後から聞いたところ、証人は刑事部長とドクター-お相手のメンテナンスを担当してる人、だったらしい。そりゃあ俺ら下々の好奇心のために何か喋ったりはしないだろう。

 俺が今知りたいのは、あの上司がどうやって新人君の心を摑んだかである。

6/25/2024, 2:32:57 PM