ゆかぽんたす

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駅につくまで、どちらも言葉を発さなかった。私はただ前を歩く彼の背中を見て歩く。見慣れた光景だというのに、今日だけはこんなにもつらい。こみ上げてくるものを必死に隠しながらその背中についてゆく。
「ここでいいよ」
ようやく口を開いて彼が足を止めた。いつの間にか駅前だった。ここでいい、即ちお別れだ。彼はゆっくりこちらに向かって振り向いた。いつもの、えくぼが見える私の大好きな笑顔だった。
「見送りありがとね。1人で帰れる?」
「いつまでも子供扱いしないで」
「そっか、ごめん。もう子供じゃないもんね」
彼は私の頭にぽんと手を乗せた。そういうところが子供扱いされてる気がしてならないのに。今日だけはそれが嬉しかった。まだまだ私は子供だからもう少しそばにいてよ。そう言えたらどんなに良いだろう。
「あの、」
「また会おう」
私の言葉を遮るように彼が言った。ひどいね。気持ちを伝えさせてもくれないの。いや、それとも優しいのかな。今ここであなたに訴えたところで、私の気持ちに答えてくれないのは分かってる。言ったところで悲しく項垂れて1人で家まで帰る羽目になるから。だから言わせないようにしてるのかな。もしそうなら、もっと好きになっちゃうよ。
「また会おうね」
もう一度彼は言った。その言葉をどこまで信じて良いものなのか。あんまり優しいこと言わないでよ、本当に期待しちゃうから。
戸惑う私の前に彼は右手を差し出してきた。私も同じように手を出したら強くぐっと掴まれた。ほんの3秒間の握手だった。
そして彼は私に背を向け改札の中へ消えていった。“また”って、いつなの?それくらいは聞いても良かったかな。期待しないで、でもひっそりとその日が来るのを夢見ながら1人になった帰り道を歩いた。

11/14/2023, 3:51:36 AM