織川ゑトウ

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『悲娘星(ひこぼし)』

今日は唯一僕が神様になれる日なんだ。

「また、会いに来てね」

そう、君から聞こえた。
ぼそっとだったけれど、僕の耳には、はっきり届いた。
君の笑顔はどこか悲しげだった。

千年前の記憶、僕は確か川に落ちたんだ。
そうして溺れた僕を、君は必死に助けようとしてくれた。
薄れる意識の中で君の美しい声が響いた。

「お願いします。神様……どうかこの人を」

目が覚めたら、君はいなかった。

走って走って、走って走って。
竹中をひょいと越えて、
走って走って、走って走って。

君が居たんだ。

「こちらに来ないで」って君は言った。
「そちらに行くよ」と僕は言った。
だからだったのだろうか。死のうとしても死ねなかった。

神様は許してくれなかったんだ。
だから、君と僕を彼岸と此岸に分けたんだ。
僕が溺れた川、そう天の川で遮って、君の声だけが僕の耳に残り続けた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」
そう謝り続ける日々に、神様も、もう飽きたんだろうか。

「一年に一回ね」

やっと会える。そう、この日だ。
薄い懐かしの羽衣を羽織って、君に会いに行くよ。声だけを便りに。
大丈夫。君たちの声もしっかり聞こえてるよ。
なんてったって今日は唯一僕が、神様になれる日だから。

「また、会いに来たよ」


お題『七夕』
※彼岸(ひがん)=生死の海をさまよって到達する、悟りの世界。
※此岸(しがん)=私たちがいる世界。

7/7/2023, 1:56:47 PM