紅茶の香り
紅茶が嫌い。匂いも見た目も、味も。全部嫌い。紅茶には嫌な思い出がこれでもかってくらい詰まってるから。
大好きだったバイト先の店長も、同じバイト先の片思いしていた先輩もみんな紅茶が好きだった。
この紅茶はどこ産で、この紅茶は、ここが特徴でー、とか紅茶の話をする時はみんな決まって笑顔だった。そんな笑顔で話すみんなの顔が大好きだった。みんなで、紅茶を囲んで話時間が何よりの宝物でずっと続くと思ってた。
衝撃だった、先輩の死亡を聞いた時は。猫の餌を買いに行った帰りに車に轢かれたと店長から聞いた。
その猫は、店長が道に捨ててあったのを保護した薄く茶色がかった毛色の猫だった。
憎らしくて憎らしくてたまらなかった。お前のせいだとお前が殺したんだと行き場のない怒りが涙と共に流れ落ちた。
それからしばらくして、店長もなくなってしまった。元々、持病がありだいぶ頑張ったのだと奥さんから聞いた。その頃からだ。紅茶が嫌いになったのは。紅茶を見るとあの時の幸せな光景を思い出してしまうから。泣いたって泣いたって彼らは戻ってこないのに、紅茶の匂いを嗅ぐと彼らがいるような気がしてならないのだ。すがりたかった、本当は、紅茶にすがりたかった。でも、それは紅茶がすきなかれらに失礼な気がして出来なかった。
一人暮らし、友達も居ない。唯一の居場所だったバイト先もなくなってしまった私にとって生きる意味を見いだせなくなってしまった。そんな私を心配し、店長の奥さんがあの時の猫の子供を育ててみないかと話をくれた。店長が、大切に育てた猫の、子供。さすがに、4匹は引き取れないので、一匹だけ引き取り育ててみることにした。
奥さんから、抱き方を学び猫を育てるための方法を知り、猫が何たるかを学んだ。
猫とご対面、ちっちゃかった。あの日保護したあの子と同じ顔だった。あぁ、親子なんだとわかる毛色だった。綺麗な顔から目を離し全体を見るともう首輪がつけてあることに気づいた。
「ごめんねぇ、どうしても貴方にはこの名前の子を育てて欲しくて。」
涙が、溢れて溢れて止まらなかった。
店長が、先輩がそこにいる気がして。
愛しくて愛しくてたまらなかった。
それから数年、私は香水を作る会社で働いている。それも、紅茶の香りが特徴の香水。
大っ嫌いだった、紅茶が今じゃ1番大好きなのだから、人というのは分からないものだなと思う。彼らの死を乗り越えられた訳では無いけれど、あの日、譲り受けた愛猫がいる限り私は紅茶を好きでいれるだろう。
「ありがとね、紅茶」
「にゃー」
薄く茶色がかった毛並みに、上品な顔立ちの私の愛猫の名前は、紅茶。
私の世界で1番の宝物。
10/27/2024, 12:19:23 PM