逢魔ヶ刻、灼けた空。
人気の無い、狭隘な路地裏を往く。
周囲は年季の入った古民家許りと云ふ事もあり、此の刻のおどろおどろしさが、脳髄の核に直に伝わって来る。
戦時中に負傷してずるずると足を引き摺る兵士のような重たい足取りで歩いていると、右前方に見える、エアァコンディショナァの室外機の横に置かれた、落色しているであろう蓋付丸型ペェルの青い塵箱が、何故か妙に気になった。
努めて歩調を早めて近寄った後、蓋を外して中を覗く。
「『日刊現実逃避』……?」
一冊の雑誌が放り込まれていただけで、他には何も無い様であった。
其の日刊誌の表紙には色々と文字が記載されているみたいであったが、此の明るさでは良く読めぬ。雑誌名は大文字であった為、辛うじて読む事が出来た。有名人の写真は掲載されていないらしい。
文字に埋め尽くされた表紙は、実に奇妙であった。販売者も購入者も、言葉の魔力を信じている様に感ぜられたからである。
日刊誌を再び塵箱の中に放り、蓋を閉めて、路地裏の続きを往く。
此の路を抜けた先には、踏切が待っている。
現実逃避とは、何であろうか。
現実から目を逸らそうとした所で、行き着く先は所詮、現実である。
我々は、其の様な方法では現実から逃れる事など出来やしない。
なれば。
「死」以外の他に、完全なる逃避を成し遂げられるワケがないであろう?
私は是から、其の悲願を成就させる。
邪魔する者は、何処にも居ない。
今日も又ひとりの人間が、現実から逃避する――
2/28/2024, 12:52:13 AM