【cloudy】
みんなの声が聞こえる。靄がかかったような意識の中、私を呼ぶ声が、聞こえる。
私はどうやら仰向けで寝ているらしい。
重たい瞼を必死に押し上げて、目を開く。
ボヤケた視界いっぱいにぐるりと囲むようにみんなの顔が並んでいて、その隙間から灰色の空が見えた。
「勇者様!」
「勇者!」
「勇者ちゃん!」
「勇者さま〜〜!」
みんなが私を呼ぶ。どうしてこんな状況になったんだっけ。頭の靄を払うように記憶を探る。ああ、そうだ。私たち、魔王と戦ってて。最後の一撃を入れようと、渾身の力で、もう身体が砕けたっていいって思いながら剣を振るったのは覚えてる。私は、生きてる。じゃあ、魔王は!?
慌てて起き上がると、目眩がした。頭を抱えながら辺りを見回す。魔王の姿は、どこにもない。
「ま、おう、は」
渇いた喉から声をしぼり出すと、仲間の1人が「勝ったんだよ!俺たちの勝ちだ!」と叫んだ。また、他の仲間が「勇者さまの剣で浄化されて消えちゃったんですよ〜〜!」と答えた。
勝った。勝ったのか。
あり得ないくらい強かった、あの男に。
私は実感が湧かなかった。だって、倒した記憶は私にはない。私の剣が最後、どんなふうに奴を斬り裂いたのか、その感触を、私は覚えていなかった。
でも、奴は消えたのだという。何の跡形もなく。何も残さず。さっきまで互いの信念をぶつけ合っていたはずのあの男は、もう、どこにもいない。
仲間たちは、魔王に勝利したことと、誰も欠けることなく生き残ったことに、喜びの声をあげている。みんな私の背中を叩き、英雄になったのだと笑う。
灰色の空の下、私だけが、勝利に酔えない。
ただ、身体が重い。こんな勝ち方だなんて、思わなかった。長い旅の終わりが、こんなふうだなんて、想像してなかった。
数日後、青空の下、王都で凱旋パレードが行われた。
民たちは皆、私たちを讃え、笑っていた。
それに応えるように貼り付けた笑顔を浮かべながらも、私の心はまだあの灰色の空に囚われていた。
私だけが、あの日消えた男に、思いを馳せていた。
9/23/2025, 8:47:07 AM