雨粒が激しく窓に叩きつけられている。
大雨だ。
今日は、銃後の民も前線の民もさぞかし大変だろう。
はめ殺しの窓に降りつけ、ひっきりなしに流れ落ちる雨粒を数えながら、ぼんやりとそう思う。
今日もお隣の幹事室は忙しい。
最近、苦しい戦況が続いているそうだから、統治に参加する大臣たちは、気を抜けないのだ。
私はここから出ることを許されていない。
この国の“精神的支柱”だからだそうだ。
私は、かつてこの国を統治していた王族の末裔だ。
と言っても、もう政治はしていない。
時代の変化と共に、国の形も複雑化した。
気づけば王族だけが統治をするには、何もかもが専門化しすぎたのだ。
しかし、政治のこの急激な変化に、平民はついていけておらず、そのために王族を政治の舞台から完全に下ろしてしまうわけにはいかなかった。
そこで王族は、形骸化した国の飾りになった。
政治はせず、人々に笑顔と権威を振り撒いて、民たちに勇気と元気を与える。
国の民たちを纏めるための、マスコット的一族。
それが私たち王族だ。
かつての政治家たちによって作り出されたこの仕組みによって、うちの国は、強い団結を保ちながら強い国になることができた。
かくして、私たちは専門的な政治家たちに守られる、国の精神を支える存在に、なった。
そのために、今のように荒れた時代は部屋から出ることが出来なくなった。
かつての王は、兵を率いて戦うこともあったようだが。
今は、私が死んでしまえば、国全体の戦意を喪失させてしまう恐れがあるために、この部屋にいることを、全国民から、約束させられている。
しかし、こんな国の一大事に、私には…そして私の父にも…何もできることがないというのは、如何なものなのだろうか。
悶々とした気持ちを抱えたまま、窓を眺める。
窓の外では、激しく強い雨が降っている。
壁の向こうでは、大臣たちの話し合いの気配がしている。
……突然、部屋の扉が開いた。
「姫様!」
扉の前で声を上げたのは、我が国の制服を着た男だった。
幹部クラスを証明するバッジと、数々の勲章を、誇らしげに胸からぶら下げた彼は、素早く敬礼をして、ハキハキと言葉を捲し立てる。
「状況が変わりました!姫様に是非ともしていただきたいことが……」
それから彼は、雨の音を掻き消すような力強い話ぶりで、如何に私たちがこの国の窮地にとって必要な人材か、如何に私たちの存在がこの国にとって大切か、滔々と語り続けた。
貴女はこの国を救うことができる。貴女はこの国の支柱であり、王に比肩する精神的な支柱だ。
だから。
「だから、私と一緒に来てください、姫様!」
熱意のある彼の言葉とは裏腹に、私の心は急速に冷えていった。
ああ、名ばかりの国の精神的支柱とは、こういう存在なのだ。
こんな舐められ方をするのだ。
国のために生きているというのに。
真面目を取り繕って腕を広げる彼の顔には、勝ち誇ったような喜色が滲み出ている。
その顔に向かって、その目に向けて、私はゆっくりと語りかける。
「ねえ」
「あなた、誰かしら?」
彼の顔がぴくりと動いた。
「私、王宮を守ってくださる民の皆様の顔は全て覚えているのですけれど」
「王族の当然の義務として」追い討ちのようにそう付け加え、もう一度聞く。
「ねえ、誰かしら?」
外では、雨が激しく降り続けている。
3/2/2025, 11:05:42 PM