足が重い。今日のシゴトは疲れないだろうと思っていたが体は相当応えているらしい。
「ただいま。」
部屋に戻りいつものように話しかける。
だけど少しも反応しない。いつものことだ。
「体調は大丈夫か?乾燥したりはしてないよな?」
刺激がないように優しく触れる。色に異常はなく、かさつきも感じなかった。
「よし。大丈夫そうだな。」
忘れないように水分を与えてやっとあたしは一息つける。そこまでがあたしのシゴトだ。精一杯最後まで面倒を見ると言ったんだ。疲れてその責任を放棄するつもりはない。
ベットにダイブを決めて目を瞑る。今日のシゴトを思い返して思わずため息がでる。
「あー明日のシゴトもだりぃな。」
仮病でも使って休もうか。いや、あたしの上司と同期はそんなの通用しない人間だ。きっとあたしの部屋に押し入って秒で見破るだろう。底の知れない上司と嫌と言うほどあたしを知ってる同期なんて持つもんじゃない。それでもどうにか明日サボれないかと疲れた頭で考えていたら部屋の外からどでかい足音が聞こえてきた。きっと最近拾った新人だ。家ではでかい音を出すなとあれほど言ったのに。どうやらあたしのありがたいお言葉を忘れているようだ。
足音は次第に大きくなり、外からノック音が聞こえた。どうやらあたしに用事があるようだ。重い体を起こして扉を開ける。案の定顔を見せたのは新人だった。何か言い出しそうだったが睨んであたしの機嫌を察してもらう。あたしの顔を見て新人は飛び出そうな言葉を引っ込めた。さて、怖気付いた新人に会話の主導権を渡してもらうか。
「『家では静かに、特にあたしの部屋の周りでは』って初日に言ったよな?なんだ今のクソでかい足音は。どうやらあたしの教育が行き届いてなかったようだな。」
「す、すみません…。」
「そうだ。騒音が好きなら今度お前とあいつの部屋を一緒にしてやろうか?お前ならあいつが掻き鳴らすギターで安眠ができそうだな。そのまま一生寝ててもらっても構わないが。」
「じょ、冗談きついですよぉ?」
「冗談じゃないからな。」
「えぇ…。」
新人はバツの悪そうな顔をする。言いすぎたかも知れないがこれを許しちゃ今後の生活に支障が出る。最悪の場合、目の前の相手を殺める日が来てもおかしくないほどだ。まぁぐちぐち言うのも面倒だ。今日はこれくらいにしてやるか。
「んで?クソでかい足音で来た要件はなんだ?相応の理由じゃないと追い出すからな。」
「え、えっとぉー。キッチンで京極さんが潰れててぇ。びくともしなくてぇ。」
「はぁ、またか。…そのままにさせとけ。あいつの責任だ。あたし達が何かやってやる義理はない。」
「だけど、風邪とか引いたらやばくないですか?」
「そうだとしたら追い出すだけだ。ナヨっちいやつなんてあたしの同期にいらん。」
「冷たいなこの人……。」
「なんか言ったか?」
「いえなんでもないです。」
「わかったら部屋に戻って休め。そもそもお前も他の世話できるほど余裕があるのか?」
「はいすみません……。」
そうやってあたしがきつく当たっても新人は動こうとしない。さっきから部屋に低すぎる冷気が入っている。あたしはそれが気がかりでならない。
「はぁ、ちょっと待っとけ。」
一度部屋に引っ込んだ。そしてベッドの下の衣装ケースから適当に引っ張り出したそれを新人に投げつける。
「ぶわぁっっ。」
「それをかけて冷房を消しとけ。暑くなったら起きるだろ。」
「ブランケット……。なんだ神楽坂さん優しいところありますね。」
「苗字で呼ぶな。残念ながらあいつでもお前でもなくあたしの同居人のためだ。同居人にこんな冷たい風浴びせられるか。」
「同居人?神楽坂さんって部屋に1人じゃないんですか?」
新人はあたしの部屋を覗こうとする。どうやら上下関係がわかってないようだ。
「けど確かに冷房下げすぎですよね。京極さんに言われたけど消しときます。」
「あぁ、それはそれであいつがキレるだろうな。」
「えっ?」
「じゃああたしはもう寝るから。」
「えっちょっと」
扉を閉めようとしたら足を挟んできた。普段鈍臭いくせに、どこでそんな技を覚えたんだ。育ちの問題か?
「なんだ、まだ用があるのか。」
「神楽坂さんも風邪気をつけてくださいよ。あと、同居人?さんも。」
「………」
「神楽坂さん?」
「実はあたし少し体調悪くてな。明日休むかもしれん。」
「え、そうなんですか?すみません呼び出してしまって。もう休んでください。」
「………」
あたしがサボれる未来は意外と近いのかもしれない。
「それじゃあ、おやすみなさい!」
「あぁ、おやすみ。」
扉を閉めると部屋に静寂が戻る。声は抑えたが大丈夫だろうか。そう思い同居人を見るといつも通りだった。
「大丈夫そうだな。」
あたしは引き出した衣装ケースを元に戻しながら話しかける。
「さっきの会話聞いてたか?あいつ純粋すぎで心配になるよな。あたしの嘘をなんの疑いもなく受け止めてたぞ。」
「けど、上司に同期にって堅苦しい奴らばっかだったからこれから楽しくなるかもな。」
相変わらず返事は来ない。
まぁそうだよな、声が出せないんだから。
立ち上がって同居人を見る。
「えっ?」
あたしの言葉に反応していた。
同居人は動いていた。
「っはは。」
どうやら同居人曰く、あたしは今の生活が気に入ってるらしい。
8/19/2025, 10:40:16 AM