阿呆鳥

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【心だけ、逃避行】 

その場しのぎが得意だった。なにか壁が立ちはだかったら、立ち向かわずに避けることしか考えてないかった。
 どうせ自分には乗り越えられない、自分なんかじゃ立ち向かっても意味が無いんだ、と思い込んでいたから。

「好きです!」

 今の状況はなんだ? なんで、自分が告白されているんだ?
 つい昨日、バイト先の5個下の後輩に、用事があるからと呼び出された。指定された場所はバイト先近くの公園。遊具が少なく、広場みたいなもので、サッカー等のボール遊びをする小学生や中学生でいつも賑わっている。
 しかし、今日は生憎の雨。億劫になりながらも、可愛い後輩の頼みだ、と自分に言い聞かせてやってきたら、これだ。

「私が何も出来ない時から優しく教えてくれて、1人の時に話しかけてくれた貴方に惹かれました」

 「馬鹿じゃないの」喉まで混み上がってきた言葉を必死に飲み込んだ。
 新人なんてできなくて当たり前で、そこで教えることを辞めたら何のための古株なのだろうか。ただ自分に出来ることをしただけ。この子は何を勘違いしているのだろうか。

「他の人は教えてくれるだけで、助けてくれなかった。でも貴方は困ってる時にすぐに助けてくれた。優しい貴方が大好きです」

 頬を赤らめ、恥ずかしそうにしているが、自分のことを真っ直ぐ見つめてくる目の前の子が、とても怖い。
 断ったら泣くんじゃないか。フラれた、と言いふらすんじゃないか。この子が言わなくても、いつかどこかで噂は広まるはずだ。
 どう断ればいいのか、どの言葉を選んだら丸く収まるのか、どうしたらこの子を傷つけずに済むのか、幾ら考えても答えは出ない。

「今すぐに好きになって欲しいわけじゃないんです。だけど……付き合ってください。しっかりアピールしたいです。でも、その間に誰かに取られちゃうんじゃないか、不安なんです」

 可愛がっている後輩に好意を向けられて、嬉しくないわけがない。だけど、それが恋愛に傾くとは思っていなかった。適度な距離をとっていたはずだが、どこで勘違いさせてしまったのだろうか。
 目を固く瞑り、傘で顔を隠し呟いた。

「……どうして」
「え?」

 雨の音が遮り、か細い自分の声は相手には届かない。相手を傷つけずに済む方法は、1つしかないんだろう。
 ただ、この子を好きになれる自信がない。どんなにアピールされたって、どんなに自分のことを褒めてもらったって、根本的な自分の自信のなさは治らないだろうから。

「……ありがとう。俺も好きだよ」

 彼女は傘を投げ捨てて、勢いよく自分に抱きついてきた。緊張が解けたのか、泣き喚いている。彼女が濡れないように傘をかたむけ、背中をゆっくりとさする。
 ──これでいいのだろうか。

 やがて落ち着いた彼女と手を繋ぎ、家までの道のりを歩く。ニコニコとご機嫌に笑う彼女に目を合わせることが出来ず、こっそりと長い息を吐いた。
 あぁ、逃げ出したい。その場しのぎをしたが故に、これから長い地獄が続くのだ。
 人を受けいれ、自分の意見を殺す度に胸の中が空っぽになる。自分の心は、どこに旅に出てしまったのだろうか。

7/12/2025, 1:31:41 AM