『一筋の光』
今、俺は夜の家の中をコソコソと歩いている。中年のおっさんだが、身体は小柄だから、歩く音は小さいんだ。
「くーっ……くかぁー……」
リビングを歩いている途中にいたのは、ソファーで寝ちまっている、俺よりも若い男。背が高くて、細くて、おまけにイケメン。ふんっ、別に羨ましくないぞ。俺にだって、ちっちゃいなりの可愛さがあるんだからな。
――おっ、月が出てらぁ。
キッチンまで歩けば、窓から月の優しい光が一直線に床まで差し込んでいた。俺はすぐにほんのりと明るい所まで歩き、ちょこんと立った。淡い一筋の光が、俺だけのスポットライトのようだ。
――こういう光が好きなんだよな。
俺は太陽みたいに眩し過ぎる光は苦手だ。目が痛くなるし、夜が好きな俺には似合わない。弱くて、優しくて、品のある。そんな月の光が、俺の好み。
――今夜は、満月か。
窓に映る小さい月は、綺麗な丸で。これがお月見だったら、最高なんだよな。そう思っていたら、後ろから、太陽よりかなり弱いけど目が痛くなる光が後ろから照らされた。目の前の棚にはくっきりとした俺の影があって、バカだなぁと笑っているように見えた。――あぁ、そうだよ。チェックメイトだよ。
「やっぱりここにいた! もう! 逃げ出しちゃダメでしょ!」
声の主は、さっきまでソファーに寝ていた若い男。男は両手で俺を包み込むように素早く捕まえて、リビングにある小さい家に戻された。
――あーあ。まだ見ていたかったのに。
小さい家の視点でも、キッチンの床を照らす月の光は見える。だが、キッチンから見るよりも感動がなくて、イマイチだ。
「全くもう。ここ最近は逃げなかったから、夜に探し回るとかなくてホッとしてたのに。油断も隙もないなぁ」
男は困った顔で俺を見て、そう言った。そりゃそうだ。俺が逃げ出すのは、晴れた夜空の月を見たいからで。淡い一筋の光に照らされながら、このつぶらな瞳に月を映したいのだ。それだけで、俺は自由を感じるんだよ。
――明日の夜も、晴れるといいな。
そう思いながら、俺はキッチンを見つめた。木くずの床が、少しだけあったかかった。
11/5/2024, 1:32:36 PM