茉莉花

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「『願いが1つ叶うならば』、かぁ……」

放課後の教室。人気のなくなったそこで、少女―――楓はひとり呟く。小説アプリで提示された「本日のお題」は、彼女の頭を悩ませているらしかった。

(願い。私の……もしくはキャラクターたちの)

楓は首をかしげる。ツインテールの髪が揺れた。

(私の、叶えたい願いは……)

「カエちゃん」

呼びかけられハッとして振り向くと、いつのまにか教室の入り口に親友の桜が立っていた。

「桜ちゃん、ごめん、もうバスの時間?」
「ううん、まだ大丈夫だよ。…わたしの方こそ、集中してる時にごめんね?」
「いや、集中してたっていうか…なんか思いつかなくって……」
「へぇ、珍しいね。カエちゃんが思いつかないなんて」

喋りながら桜は教室の中に入ってきて、楓と向かい合うように座る。
呑気に笑う親友を見て、楓は膨れっ面になって言った。

「私だってアイデアの宝庫じゃないんだよ〜、思いつかない時は思いつかないの〜!」
「ふふっ、そうだね〜」

楓の子供っぽい態度に、桜はさらに可笑しそうに笑う。

「あ、そうだ。桜ちゃんってさ、『叶えたい願い』ってある?」
「叶えたい…願い?」
「そ。今日のお題なんだけど、いいの思いつかなくてさ」
「それで悩んでたんだね」

叶えたい願い。突然言われたら確かに思いつかないかもしれない。普段あれだけああなればいいのにとかこうなればいいのにとか言っているくせに…と桜は自嘲する。

「確かに思いつかないや…カエちゃん、ほんとに何もないの?」
「ない。私、願いは自力で叶えるタイプなので」
「おぉ、かっこいいね」

かっこいいでしょ、もっと褒めてもいいんだよ。と、自身満々な顔で言う楓に、桜は思わず吹き出してしまった。

「あ、今ので思いついたかも」
「ほんと!?なになに教えて!」
「わたしの願いは――――――」

◇◇◆◇◇◆◇◇

「ねぇ、桜はさ、願いがなんでも一つ叶うとしたら、なにを叶えてもらう?」
「ぇ」

休み時間、クラスメイトから何気なく尋ねられて、桜は少々返答に詰まった。
一番最初に思い浮かんだのは「親友にもう一度逢いたい」だった。でも、それを願ったとしてどうしようもない。彼女にもう二度と会えないことは桜自身が一番よく解っていた。だから、考えるだけ無駄なのだ。

「いやぁ…ちょっと思いつかない、かな」
「意外だなぁ。てっきり、『最高の小説が書きたい!』とか言うと思ってた」
「それは…」

他人に願ってもしょうがないし、と言いかけて、前にもあったな、こんなやりとり…とふと思った。
二人きりの放課後の教室。まだ彼女と一緒にいられた頃。離れ離れになるなんて思いもしなかった頃。
桜が筆を執りはじめたのも、彼女との別れがキッカケだった。執らずにはいられなかった。少しでも近くに感じたかったから。

刹那、懐かしい思い出に浸って、桜は口を開く。

「確かにいつか最高の小説は書きたいけど……でもそれって自分の力でやるものでしょ?わたし、願いは自力で叶えるタイプなんだ」
「へぇ、かっこいいじゃん」
「でしょ?」

もっと褒めてくれてもいいんだよ、と桜は自慢げに笑った。




『―――カエちゃんとずっと仲良しでいたい、かな』

あの頃の願いはもう叶わなくとも。

いつか命が尽きるその日まで、ありったけの思い出を抱えて生きていく。

3/10/2025, 2:41:51 PM