昨日へのさよなら、明日との出会い
「ああ、今日も疲れた」
小さなたき火の前で、ふぅーっと息を吐く。
「ばっかだなあ。財布を落としてお金がないなんて、あんな見え見えの嘘に引っかかっちゃって」
たき火でできる影は一つ。けれど半分呆れ、半分怒った声は、耳元で確実に、した。
「でも、あのおばあさんは本当に困っているように見えたんだ。それに、貸したお金はほんのちょっとだったし」
「貸した分だけお金が足りなくて、今日野宿する羽目になってることについては?」
「いいじゃないか。君はどうせ、僕の髪の中で眠るんだし」
掌ほどの大きさしかない旅の道連れは、彼の肩に腰掛けて、自分の小さな肩をすくめたようだった。
「この時期に外だと、その自慢の髪がちょっと湿って冷たかったりするんだけどね」
「僕の服の中に潜り込んでも構わないのに」
「ばっかだなあ。おまえが寝返りを打ったら、潰されるかもしれないじゃないか」
今度は、こちらが肩をすくめる番だった。耳元で抗議の声が上がった。
「今日はちょっと損したけど、明日は違うかもしれない。それが、旅の醍醐味さ」
「損が続いてると思うけどね」
「そんなことはないよ。毎日君といると、それだけで得してる気分なんだから」
旅の道連れは、人間の前には滅多に姿を現さず、この世の理に干渉できる力を持つとされる妖精だ。その力を欲する人間は世の中にごまんといるから、妖精はたとえ出会えても、人間と口を利いてくれない。
「ありがとう、僕と一緒に旅してくれて」
自分の肩にいる相手と目を合わせるのは容易ではない。まして、伸ばしっぱなしの髪の中に逃げ込まれては。
「……ほんとおまえは、ばっかだなあ……」
髪の中から、そんな声が聞こえたような気がした。
さて、明日の新たな出会いのために、そろそろ僕も寝よう。
おやすみ、小さな相棒。
おやすみ、明日には昨日になる、今日。
5/22/2023, 1:02:00 PM