名無しの夜

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「私、嘘つく人って大嫌いで」

 同僚の言葉にうんうん、と人気カフェの新作ドリンクを啜りながら頷く。

「清濁併せ呑む、なんて嘘つきの言い訳ですよ」

 そうよね、確かにーと相槌を打つ。


 同僚は先日、恋人と別れたばかり。
 その恋人の浮気が原因で、早い話、同僚は恋人にたくさんの嘘をつかれていたわけで。

 同僚は、それが我慢ならなくて別れに至ったようだ。


 お怒りはごもっとも、ひどい恋人だとは思う。

 ……だけど、ねぇ。



 同僚の言葉の合間あいまで適当な返事をしながら。

 せっかくの新作ドリンクなのになあ、なんて思ってみる。


 ——『嘘が嫌い』ね。

 その嘘つきは、今あなたの目の前にいるわよ、と心の中で言ってみる。

 だって私は『嘘が嫌い』と平然と言える人間こそ嫌いなんだもの。


 人間、生きていれば、少しは嘘をつくものじゃない。

 人道的倫理的社会的……、アウトなラインに接触しない範囲なら、多少は、ね?


 つまり私は、目の前のこの同僚が好きではない。

 それでも、会社で年がら年中顔を合わせる間柄だもの。
 わざわざ正直にそれを語って、仲違いしようとは思わない。


 私の内面で滑り落ちる言葉を知ることもなく。


「——さんは、私と同じタイプだなって思えるから、信用できます」

 とニッコリと微笑んでいた。

 ウフフ、と笑い返して。


 ……勝手に信用しないで、と叫ぶ心を押し隠した。

6/3/2024, 7:53:04 AM