.時間よ止まれ
時の流れというものは、誰の上にも等しく流れ、そして不可逆なものらしい。
あの頃はああだった、こうだったと思い返すことはできても、誰も過去へ戻ることはできない。
──あの子と私が出会ったのは、いったい、いつのことだっただろう?
あの子が私の前に現れたとき、あの子はまだ小さくて、お父さんに抱えられていた。
水族館を歩き回って、はしゃぎ疲れたのか。
お土産コーナーにいるというのに、少しふてくされているみたいだった。
「ペンギンさん、可愛かったねぇ。あ、ほら、キーホルダーがあるよ」
「イルカさんのクッキーもあるぞ。チョコとバニラ味だって」
でも、あの子は唇を尖らせて、お父さんとお母さんに話しかけられても返事もしなかった。
いやいやと首を振って、早く帰りたいといわんばかり……。
だったのに──私と目が合った瞬間、茶色い瞳が大きく見開かれ、まるで流れ星が落ちてきて、その瞳に宿ったように輝いた。
「この子がいい!」
小さな手をこちらへ伸ばし、転がり落ちそうなほど身を乗り出してくる。
私はびっくりしてしまった。
「それがいいの?」
「本当に、これがいいの?」
お父さんとお母さんが、何度も聞いたけど、あの子は頑なに「この子がいいの」と言い張った。
真っ白なイルカでもなく、水玉模様のジンベイザメでもなく、ぎょろりとした目のウツボのぬいぐるみを抱きしめて。
──あれから、いったい、どれだけの月日が経ったことだろう?
あの子は、自分の足でどこへでも歩いていけるようになって、私にだけ教えてくれる内緒話をすることもなくなった。膝の上に私を乗せて、一緒に本を読むことも、ベッドで一緒に眠ることも。
今、あの子が夢中なのは、ちっちゃな子猫だ。
食べちゃいたいくらい、可愛らしい。白と灰色の縞模様で、ふわふわの毛並みと、よく動くしっぽの持ち主。
「みーちゃん、おいで!」
あの子が、おもちゃを手に子猫を呼ぶ。
でも、子猫は私のお腹にじゃれついて、見向きもしない。
ご飯の時も、お昼寝する時も、夜、ベッドで丸くなるときも、私たちはいつも一緒だ。
でも……これからずっと一緒、なんてことは、きっとないの。
今この瞬間も、時は流れ、過去のものになってしまうから。誰も、過去には戻れない。
だから、どうか──時間よ、止まって。
この温かさが消えないように。
2022.09.20
9/20/2022, 8:36:08 AM