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サヨナラは言わないで

「耳の位置をもう少し上にもってくると、バランスが良くなるよ」

自由帳の真っ白なページに女の子を描いていた。丸い顔、雑な線がわしゃわしゃした髪、大きな目、アンバランスで、園児のお絵描きに毛が生えたような絵を描いていた。はじめ君はそんな絵を決してバカにしなかった。上手に描くアドバイスをしてくれた。

はじめ君は絵画コンクールで表彰されるくらい、本当に絵を描くのが上手だった。ずば抜けて上手だった。野外活動や修学旅行のしおりの表紙、美術室の壁に貼られた上履きのスケッチも全てはじめ君の絵だ。

中学に進学してはじめ君の絵は益々上手くなった。はじめ君に描いてもらった絵を大事にしていた。絵が上手いからじゃない、私に絵を描く楽しさを教えてくれたから、友達として、一人の人として、学校で会えることが楽しみで、本当に嬉しかった。

一緒に過ごしたくて、美術部に入った。はじめ君の作品を見たかった。美術館で鑑賞した絵のことを話したかった。写生大会に作品を出したり、飼ってるうさぎのスケッチをして、上手になったねって言ってほしかった。

2年生の夏休み、はじめ君は家庭の事情で九州の学校に転校した。あまりに突然の転校で、引越し先のことも何も聞けなかった。サヨナラも言えなかった。

空き家になったはじめ君が住んでいた家の前に行くと、本当にもう会えないんだと寂しい気持ちでいっぱいになった。でも、はじめ君の作品をいつかどこかで目にするかもしれない。絵画とは限らない、デザインとか、写真とか。
そんな日が来るかもしれないから、サヨナラは言わないでおこう。

12/3/2022, 12:00:58 PM