Open App

 





※BLです。苦手な方は飛ばしてください。









 ピンク色の花びらが風に乗ってふわりと空を舞う。柔らかな日差しを浴びながら、新たな門出を祝福するように、ひらひらと楽しそうに空を泳ぐ。
 もう、春がきちまったんだよなぁ。
 周りを見渡せば、泣いたり笑ったり、みんなそれぞれの想いを胸に別れを惜しんでいる。俺もお世話になった先輩たちに挨拶をして、もみくちゃにされたばかりだ。
 だけど、一番にお礼を伝えたい人がこの場にいなくて。式には出ていたから、どこかにはいるはずなのに、周りを見ても先輩方に聞いてもどこにも見当たらなかった。
 ジャリ、と地面を蹴ってみんなとは別の方へと足を踏み出す。
 たぶん、きっとあの場所にいる。確信はないけれど、そこ以外考えられない。
 いますぐ行かなくちゃ。じゃないと、あの人はなにも言わずにいなくなってしまうから。
 周りの景色をぐんぐん追い越して、もっと早くと全速力で走る。
 心臓がばくばくと悲鳴を上げて、息だってうまく吸えない。革靴が地面を蹴り上げるたびに、ぎゅうと肺が握られてるみたいに苦しくなる。
 だけど、止まることなんて出来なくて。はくはくと酸素を取り込みながら、がむしゃらに足を動かした。

 見慣れた土手の上。グラウンドを見渡せる場所に、その人はいた。深呼吸をして息を整える。
 まだ心臓はばくばくと音を立てるけれど、すぐそこに先輩がいるんだ。落ち着くのなんか待ってちゃいられない。
 一段一段確かめるように階段を登って、先輩と同じ高さに立つ。一歩足を踏み出すごとに、先輩との距離が縮まって、ドキドキと鼓動がはやる。
 俺にはまだ気づかない。真っ直ぐにグラウンドだけを見つめている。何度も通った場所。毎日、早朝から日が暮れるまで。暮れてからも一緒に汗を流した場所。
 明日からはもう、ここで先輩と過ごすことはない。先輩はとっくに引退しているけれど、本当の意味で今日が最後の日になる。
 俺よりも一年長く過ごしたグラウンドをじっと見つめる横顔は、ほんの少し寂しそうで、ここにはない別の場所を見ているようだった。
「先輩!」
 驚いたように振り向いてすぐ、少し困ったように眉を下げて俺を見る。
「なんだ、来ちゃったの?」
 来てほしくなかったような言い方に、チクリと心臓が痛む。だけど、そんなことで引き下がる俺じゃない。
「そうですよ! 誰かさんが勝手にどっか行くから、迷子になったかと思って探しにきてあげました!」
 腕を組んで、ふんっと鼻から息を吐く。アンタがいくら嫌がろうが、ひとりになんてさせてやらない。
 最後の日くらいちゃんとお別れして、ちゃんと寂しがってもらわないと。
「探しにきてくれんだ」
 そっかぁ、と眼鏡の奥の瞳を柔らかく緩めて、先輩が小さく笑う。
「ええ、そうですよ! アンタがどこに行こうと俺がちゃんと先輩のとこにいきますから、安心して迷子になっていいっすよ!」
 ドンと胸を叩いて、ニカッと笑ってみせる。
 先輩がいく先は、俺が目指す場所。いまの俺にはまだ遠くて、憧れでしかないけれど。それでも、絶対に行ってみせる。
「頼もしいな、俺の相棒は」
 ふ、と口元を緩め、目尻を下げて。少しだけ泣きそうにみえる先輩の代わりに、俺はいつも通り笑ってみせる。
「そうでしょう! そうでしょう! この先も先輩の相棒は俺だけっすからね!」
 どんなに距離が離れても、それだけは変わらない。変えてなんかやるもんか。
 先輩の革靴がジャリと音を立てて近づいた。ぎゅうっと先輩の匂いに包まれる。肩にじんわりと熱が染み込んできた。
 そろりと背中に腕を回せば、もっとぎゅうぎゅうに抱きしめてくる。お返しとばかりに俺も力いっぱい抱きついて、隙間なんかないくらいぴったりとくっついた。
「一年後……」
 肩に先輩の言葉が落とされる。
「うん」
 ぽんぽんと促すように背中を摩れば、またぎゅうと力が込められる。
「……待ってるから、早くきて」
 情けないほど小さくて、ともすれば聞き取りにくい声だったけれど、俺の耳にはしっかり届いた。
 先輩の言葉がじんわりと俺の胸に染み込んで、ぽかぽかと体温をあげてくる。
「お任せください!」
 先輩の元まで、全速力で走って行きます!
 ふは、と息をはく音がして、またぎゅうっと腕の力が強まった。

5/8/2023, 6:13:30 PM