「月とうさぎ」
子供の頃、うちの畑の隅に小さな物置小屋があり、俺たち二人はそこで遊んでいた。
人が二人ギリギリ入れるくらいの隙間は、秘密基地。
俺たち二人だけの秘密の場所。
それは、どきどきするような、きらきらとしたようなものだった。
小学校高学年の頃。
その幼馴染と一緒に遊ばなくなってしまった。
多感な年頃に、幼馴染とはいえ異性と仲良くしているだけで揶揄われてしまっては仕方ないことだろう。
いつしか物置小屋も取り壊され、俺たちはそれぞれ別の道へ進んだ。
実家を出て都会でひとり暮らしを始めた頃、ひょんなことから幼馴染の彼女と再会。
紆余曲折あったものの、恋人になった俺たちは、今、一緒に暮らしている。
本日はリモート勤務。
朝から夕方まで自宅にいた俺は、そろそろ夕飯の支度に取り掛かろうとキッチンに向かった。
夕食の支度は、その日家にいるか先に家に着いた方がすることになっている。
まずは米を炊こうと米櫃を開けたちょうどその時、インターフォンが鳴った。
壁に設置している機器の通話ボタンを押す。
「はい」
『ただいま』
彼女のご帰宅である。
インターフォンを鳴らしたということは、鍵を忘れて出て行ったということだ。
またか。
彼女はよく鍵を忘れて出掛けてしまう。
この時間、俺が買い物に出ていたらどうするつもりだったんだろう。
「えーと、どちら様でしょうかねぇ……月」
『うさぎ』
即答されてしまっては、玄関に走るしかないだろう。
鍵を忘れた罰ゲームをしてやろうと思ったのに、まさか彼女も覚えているとは思わなかった。
「覚えてるに決まってるでしょ」
ずっと忘れたくなかったのは、俺だけではなかったんだな。
『月』と言ったら『うさぎ』
子供の頃、秘密基地に出入りする際に使っていた合言葉だ。
────愛言葉
10/27/2024, 3:29:49 AM