sairo

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鶴を折り、空へと放つ。

ぎこちなく翼を羽ばたかせ、ふらふらと飛ぶ折り鶴を真剣な面持ちで見守り。やがて力尽き、地に落ちた鶴に詰めていた息を吐き出す。

飛べるようになってきている。以前よりもずっと。

その事実に胸が高鳴り、隠しきれない笑みが浮かぶ。今度こそはと何十回目かの鶴を折り。


そして目が覚めた。



気づけば布団の中。寝起きの曖昧な意識で、寝る前の記憶を辿る。

確か、机に向かって式を打っていたはずだった。
ともすれば落ちそうになる意識を、頭を振る事で繋ぎ止め起き上がる。

辺りは暗く、静まり返り。けれども今のこの迷い家には昼も夜も関係がない。
おそらく寝落ちしてしまった自分を寝かせる際に、周囲を暗くしていったのだろう。裏があると言いながら、どこまでも自分に甘い屋敷の主に苦笑が漏れた。
 
「馬鹿だなあ」

自分も。屋敷の主も。
常連だからという特別を理由にし、甘え、利用し、言い訳にする。
まるで化かし合いだ。
己の本心は隠し、それでいて言葉巧みに相手を誘惑し本心を暴こうとするなんて。

「本当に、馬鹿みたいだ」
「まったくだね。大人しく惰眠を貪っていればいいのに」

背後から聞こえた呆れを含んだ声。次いで明るくなった部屋に、眩しさで目を細める。

「寝起きでどうせ頭が働かないんだから、諦めて寝てなよ」
「いいだろ、別に。好きな事をしろと言ったのはそっちだ」

言い返せば、屋敷の主はあからさまに顔を顰めた。それを横目に、明るさに慣れた目を瞬かせながら寝所から抜け出し、机に向かう。作りかけの式は一旦横に置くと、新たな紙を手に取り折り始める。
折鶴。祖父に教えてもらった、最初の式の作り方。式札ではないから、呪をかく必要はない。子供騙しの簡単な術。

「懐かしいね。昔はよくここで飛んだ、飛ばないって騒いでたっけ」
「うっさい。しょうがないだろ。あの時は褒めて励ましてくれる、優しい誰かさんがいたんだから」

幼い頃。祖父以外には理解されない事に反発し、森を彷徨い辿り着いた小さな屋敷を思い出す。あの頃は臆病で人見知りであったのに、と感傷に浸るのは、懐かしい夢を見たからなのかもしれない。
折った鶴に息を吹き膨らませ、空に放つ。翼を広げ優雅に空を舞う鶴を静かに見つめ。壁をすり抜ける事が出来ずに地に落ちる様を見届けて、小さく笑みを溢した。

「やっぱダメか」
「当たり前。こんな玩具で抜けられるわけがないでしょ」

言葉は素気無いものの、落ちた鶴を拾い上げるその手は、眼差しはとても優しい。

「でも綺麗に飛べていたね。基礎はしっかりしているようだ」

虚をつかれて、言い返そうとした言葉を呑み込む。ややあって視線を逸らしながらも出した声は、面白いほどに小さく掠れていた。

「だって、褒めてくれたから」

昔からずっと。上手に出来た日も、上手くいかない時だろうと、こうして褒めてくれていたからこそここまで来れたのだ。少しずつでも成長しているのだと、だから上手くいかないとしても大丈夫なのだと。諦めそうになる度に褒められた事を思い、毎日欠かさず繰り返して来たのだから。
その言葉が嬉しくて、また聞きたいと期待して、こうして式を打っている事は決して伝えはしないけれども。
気恥ずかしさにじわじわと頬が熱くなるのを感じ、耐えきれずに布団へ潜り込んだ。

「寝るの?」
「寝る!んでしっかり寝て、起きてすっきりしたら、今度こそ境界を越える」
「…そっか。じゃあ、おやすみ」

穏やかな声と共に、部屋が暗くなる。
気配が消えて、一人きり。布団から顔を出して辺りを見回して、目を閉じた。

「昔は、俺だけの迷い家《とくべつ》だったのに」

愚痴を溢して自嘲する。
これだけの特別待遇だというのに、どうしても屋敷の主が不在になるだけで不満が出てしまう。
どうしようもない馬鹿だ、と胸中で呟いて、それ以上考えるのをやめた。
起きたら式を打たなければ。何度も繰り返す事になるのだから、休息は必要だ。

微睡む意識の片隅で、あの日の折鶴が屋敷を出て青空に解ける幻想を見た。



20240810 『上手くいかなくたっていい』

8/11/2024, 2:43:13 AM