『ココロ』
夕焼けに染まった街の中。
帰路に流れる人々の合間に紛れると、ふと、背後から私を呼び止める声がした。
『ねぇ』
振り返ると、少女が私の服を小さく引っ張っていた。
「どうしたんだ」
私が問うと、
少女は銀髪から覗かせる、ぼんやりとしたエメラルド色の瞳を差し向けて、
『ココロって、何?』
と、私に問いかける。
「…」
冷めた視線を送る私を見て、少女は不思議そうに首を傾げた。
おそらく少女は私が質問に答えるまで、ここを動くことは無いのだろう。
私が小さなため息を吐き、諦めた素振りを見せると、
少女の瞳が少しだけ輝いたように錯覚した。
「心ってのは、人間の行動や感情の元となる原子のようなものだ。たとえば、いま私が立ち止まってお前と話をしているのも、私の心が作用しているおかげだろう」
そう私が答えると、
少女はまた不思議そうに首を傾げる。
『それは人以外の生き物にもあるの?』
「あるさ」
飼い主に愛嬌を撒く愛玩動物や、
野生動物たちにも心が通っていると私は思う。
もっと言うと、私はどんな生物であれ、
思考や感情を持つものであれば、それらが行う行動には必ず、心が作用しているのではないかと考える。
「これで質問は終わったか?」
少女はしばらく何も言わなかったが、
どうやらまだ気になることが見つかったようで、再び私に問いかける。
『ねぇ』
『どうして貴方は、心が無い私をここから連れ出そうとしてくれるの』
無機質にこちらを見つめる少女に対し、
私の態度は相変わらず冷めきったままだった。
「お前が人間かどうかなんて関係ない。お前はいま、俺がお前を攫った理由が知りたくて、俺を止め、俺に質問をした」
『…』
「この行動は一貫して、お前がお前自身で考え、お前自身が判断して、実行したものだ。たとえその動機がどれだけ無機質なものであったとしても、この一連の動作の原因を俺は”ココロ”と表現する」
少女はみたび、首をかしげた。
『…質問の答えになってない』
本当は私だって分からないのだ。
そもそも心なんてものは、とても抽象的な概念のようなものであって、
生物の身体の一部として備わっている訳ではない。
心の有無を確かめられるのは、当の本人だけだ。
考えれば考えるほど、
心とは何なのか分からなくなる。
逃げ出す時に無抵抗で引っ張られてくれたこの少女を、
私はどうしてやりたいのか、なぜそんな事をしてしまったのか、
考えても考えても、心の動機が分からない。
一体心とは何なのか、
私に分かる日が来るのだろうか。
2/12/2025, 2:57:01 PM