「君たちは何か勘違いをしてないか?」
横一列に並んで床に正座をする俺達の前を、その男はゆっくりと歩きながら呟く。男は人好きのする穏やかな笑みを口元に湛え、俺達それぞれの様子を観察するかのように、順番に眺め遣っていた。
「天国と地獄はね、いつだって隣り合わせなんだよ」
控えめな声音なのに、男の声はこの四方を厚い壁に囲まれた薄暗い室内によく通る。
「たったひとつの選択肢の違いで、ほんの僅かな心持ちの違いで、同じはずだった状況が、人によっては天国にもなるし、地獄にもなる」
歩いていた男の足がピタリと止まる。
「さて・・・・・・」
男は一息つくように、肩の力を抜いた。俺達は俯いたまま動けない。誰も手足の自由を奪われてさえいなければ、人数だってこちらのほうが勝っているはずなのに、何故かその男の視界に捉えられると、誰もが萎縮し抵抗を諦める。
「これから君たちにいくつか質問することになる」
男が上着の内ポケットへ手を差し入れた。カチャリという不穏な音が耳に届く。
「答えによっては天国に昇れるか、地獄に堕ちるかの分かれめだ」
俺は勇気を出してチラリと視線だけを上へとあげた。
「みな心して発言するように」
ニヤリと口角を上げた男は、至極楽しそうだった。その手に握られた黒光りする銃口に、一気に冷や汗が背筋を伝う。
天国だろうが地獄だろうが、その狭間で生きる人間の世界ほど、愉楽と絶望に塗れた世界はないのだと、俺は改めて自覚した。
【天国と地獄】
5/28/2023, 2:46:36 AM