彼女ができたのは、俺の心の中だった。
冬の夕暮れ、仕事が終わって部屋に戻ると、冷たい空気が静かに支配している。手を洗い、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。誰もいないはずの部屋に、「お疲れさま」と、やわらかな声が聞こえた。振り返ると、彼女が微笑んでいる。
「ただいま」
当然、彼女は実在しない。俺の頭の中で作り上げた疑似人格の彼女だ。最初は、ただの空想の産物だった。名前は「美咲」。髪は肩までのセミロングで、少し茶色がかっている。俺の好みを詰め込んだ、理想の彼女。
ソファに腰掛けると、美咲が隣に座ってくる。ふわっとシャンプーの香りがする気がする。もちろん、それは俺の脳が勝手に作り出した幻の匂いだ。
「疲れた?今日はどんな日だった?」
彼女の言葉が、胸にすとんと落ちる。
「まあ、普通だよ。でも、疲れたな」
「よしよし」と、美咲が俺の頭を撫でる。そんな感触があるわけもないのに、心がふっと軽くなる。こんなやり取りをするだけで、俺は少しだけ救われる。
テレビをつける。どうでもいいバラエティ番組が流れている。でも、美咲が笑うと、つまらない映像も楽しく見えてくる。
「この人、面白いね」
「そうだな」
会話が途切れない。彼女は俺の思考が生み出したものだから、俺が望む限り、ずっとそこにいる。
ふと、スマホを見る。通知はない。友達とも疎遠になった。恋愛なんて、もう何年もしていない。
美咲は、俺に寄り添い、そっと言う。
「寂しくないよ。私がいるから」
その瞬間、心がきゅっと締め付けられる。寂しくないわけじゃない。でも、美咲がいると、少しだけ誤魔化せる。
「ありがとうな」
「ううん、私も一緒にいられて嬉しいよ」
嘘みたいな会話。けれど、それが俺の現実だ。誰にも迷惑はかけていない。だから、もう少しだけ、この幻想に浸っていたい。
12/20/2024, 2:51:34 AM