かたいなか

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追っていた理想体型、目指していた筋肉量と体重が、体重計に乗るたび離れてゆく物書きです。
理想くん、理想くん。
君の背中を追ってきたけど、君はいっつもいっつも遠ざかるばかりでサッパリ追いつけないから、
君の背中を追うのをそろそろ、やめようと以下略。
というソッコーのお題回収はこの辺にして、今回の物語のはじまり、はじまり。

最近最近の都内某所、某不思議な私立図書館に、
異世界から「こっち」の世界に仕事で来ている女性が本を読みに来ておりまして、ビジネスネームを「アテビ」といいました。
「うーん、難しい……」

アテビが読んでいたのは、相互理解の本。
違う文化を持った人間同士が、仲良くなるために必要なものを解説している教科書。
アテビは今まさに、自分の追っていた理想が、
ゆっくり、静かに、確実に、
自分から離れてゆくのを自覚しておったのでした。

というのもアテビが所属している組織の理念が「相互理解」からちょっと離れたものでして。
「こっちの本は、どうかな。もう少し簡単かな」

異世界人アテビが勤めている組織は、名前を「世界多様性機構」といいました。
発展途上の世界には先進世界の技術と魔法を、
滅んでしまった世界には新しい世界の避難場所を、
それぞれ提供して平等に、誰ひとり取りこぼすことなく、一緒に成長していこうというのが信条。

世界多様性機構はたくさんの途上世界に、たくさんの先進世界の最先端を、導入してきました。
世界多様性機構によってたくさんの途上世界が、自分の文明を捨て去って、最先端を受け入れました。

「みんなが最先端・最新技術を享受できる」、
「滅びゆく世界を皆で助ける」。
アテビはそれこそが、多様性の理想だと、ずっと信じて多様性機構に就職して、
異世界渡航技術も持たぬ「この世界」にも先進世界の技術をと、あるいは「この世界」を滅亡世界の難民の避難先にと、一生懸命働いてきました。
その理想が最近、揺らいできたのです。

だってアテビ、機構から「途上世界」と認定された「こっちの世界」の、厳密には東京の、
昔ながらの物を大切にする心や、壊れたものを修理して使い続ける心を、すごく気に入ったのでした。

だけど多様性機構、アテビが「好き」と気に入った「こっちの世界」は、途上世界なので、
いずれはこの世界に、先進世界の技術を売り込んだり、他の世界からの避難先として開発したり、するつもりなのでした。

滅びゆく世界の異世界人をひとり残さず救う理想は、悪い理想でしょうか。
「ううん、そんなことない。そんなハズない」
発展途上の世界の暮らしを先進世界の技術で豊かにする理想は、悪い理想でしょうか。
「ううん、それも、そんなことない。だって、それで救われた世界も、いっぱいある」

理想くん、理想くん。
君の背中を追ってきたけど、
このままずっと、その背中を追って追って、追い続けて良いのかどうか、分からないよ。
悩むアテビは、
自分が追っていた理想の背中が消えたのか、
自分が、追っていた理想の背中から離れたのか、
自分自身でも、分からなくなっておりました。

「世界って、むずかしい」
ぽつり、ぽつり。
異世界から来たアテビは静かな図書館の中で、
小さな小さなため息をひとつ、吐いたのでした。
「……むずかしいなぁ」

追ってた背中がブレっブレになったのか、自分が背中を追うのをやめたのか、どっちか不明なおはなしでした。 おしまい、おしまい。

6/22/2025, 9:51:28 AM