池上さゆり

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 ふわふわと宙に浮いている感覚。ただ安らかな空間だけが広がっていて、優しい光に包み込まれている。ずっとこのままがいいと淡い期待を抱いていると、突然誰かに名前を呼ばれた。
「起きなさい」
 優しい声なのに、口調が怒っている。うっすらと目を開けると目の前に大きな人の顔があった。近づいているわけでもなく、本当に大きな人の顔。髪も肌も真っ白で神々しかった。
「死んだ気分はどうかしら」
 その言葉で自分が死んだことを自覚する。だが、どうやって死んだのか。生前、どんな生活を送っていたのか全く思い出せない。
「なんだか、夢を見ているみたいで気持ちがいいです」
「そう。でもあなたは大罪を犯したの。だから、こんな天国になんていさせない。地獄へ堕ちなさい」
 その人が人差し指をすっと下へ下ろした瞬間、落下する感覚に襲われた。私が彷徨っていたふわふわとした世界がどんどん遠ざかって、暗く燃えるように熱い場所に落とされた。背中から激痛が走り動けそうになかったが、近くにいた人になにやら怒鳴られる。すると、すぐに別の人がやってきて無理矢理立ち上がらされた。
「なにぼけっとしているんだ! 今すぐあの針山を登れ! 頂上まで行ったら次の場所だ!」
 そう言われて指差された方を見てみると、三角錐の形をした山に大量の針が刺さっていた。どうやってあんな山を登るのか。他の人を見ていると、飛び出している針に捕まって、足場にして登っていた。だが、失敗して落ちた人は地面からも生えている針に刺さっていった。恐怖のあまり動けなかったが、早く行けという言葉と同時に背中を押され目の前まで近づいた。これを登るしかないのだと、針を掴んだ。
 だが、何度登っても落ちて、身体を貫かれて、また登っては落ちてを繰り返した。痛みはあるのに、血は流れない。幾度と繰り返した身体を貫かれる痛みに心が限界を迎えたころ、私をここに堕とした人の声がした。
「これを永遠と繰り返すのが、自殺した人間の罰よ。気持ちはどうかしら」
「もう限界です。どうか、どうか助けてください」
 その瞬間、痛みが全身から消えた。目が覚めると、再び全身に痛みが走ったが先ほどの比ではない。
 自分が生きていた世界に戻ったのだと自覚した。すぐに医者や家族が駆けつけてきた。
「こんなことしてごめんなさい。私、ちゃんと生きるから」
 きっと、人生を歩む中ではあれ以上の痛みも苦しみも恐怖もないのだろう。それだったら、こんな理不尽で生きにくい世の中でも私は耐えられるかもしれない。

7/10/2023, 11:31:16 AM