#ところにより雨
ざあざあと雨を降らせる曇天を睨めあげて、男は短く舌打ちをした。
ついてないな。そうボヤいたところで事態が良くなるわけでもないが、ボヤかないとやっていられない、そんな最悪な気分だ。
雨は一向に止む気配がない。それどころか遠くからは雷鳴すら聞こえてきた。今でさえかなり濡れているのに、これ以上の雨に降られたら下着までずぶ濡れになりそうだ。泣きっ面に蜂、悪い事には更に悪い事が重なるのは往々にしてあるが、何も今でなくてもいいだろうと胸宇で悪態をたれる。
意を決し、いざと掛け声をかけて立ち上がるも、利き足の足首に走った激痛ですぐさま地面に座り込む羽目になった。どうやら馬の背から振り落とされた拍子におかしな捻り方をしたらしい。そうして気付けばあらためて強い痛みを覚え、腫れているらしい患部が熱をもっている気がしてきた。
座り込んだまま利き足をそろそろと伸ばして、ブーツの編み紐を緩める。それから皮の部分をぐいと引き下げ足首を露わにすると、案の定そこは赤黒く腫れ上がっていた。
最悪だ、と今度こそ隠しようのない弱音が声となって口から滑り出た。乗ってきた芦毛の馬は行方知れず、自分は足首を捻ってしまって立つことすらままならない、しかもそこへ持ってきてさらに悪天候、雷雨が重なってくる。これが弱音を吐かずにいられるか。
こんなとこでくたばることになるなんて。それならせめてあの男の顔を拝んでから死にたかった、そう意味のわからない自暴自棄になりかけていた時だった。
「たかが捻挫くらいでヒトが死ぬわけないだろ。バカか、君は」
心底呆れたような声が随分上から降ってきて、俯きかけていた顔が上がる。
そこには主人たる自分を振り落とした芦毛の馬に跨り、こちらを見下ろす男がいた。漆黒の雨具に身を包むその姿は、他人から見ればさながら黄泉の国からの迎えのように見えるかもしれないが、その時の自分には何より心強い、そう覇王のように感じた。
「まったく、君らしくないね。そんな弱音を吐くなんて」
馬上から降りたその男は、痛めた足の負担にならないようにこちらを立ち上がらせると、上手に馬の背へ乗せる。それから自身もそこへ乗り上げると、降りが一層激しくなり出した雷雨の中、疾く馬を駆る。
「……でも無事で良かったよ、本当に」
びゅうびゅうと流れる風の音にまぎれるみたく、手綱を繰る男のそんな小さな声が聞こえたような気が、した――。
8/7/2023, 6:49:39 PM