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『繊細な花』


「メアリー、花の世話なんてしてないで一緒に遊ぼうぜ」
「クリス坊ちゃん、危ないので急に抱き着かないでください」
 この家の主人のご子息、クリス坊ちゃんが、勢いよく私に飛び付いてきます。
 坊ちゃんはやんちゃ盛りなので、こうして飛び付かれるのもしばしば……

 私はクリス坊ちゃんの世話係に任命されているのですが、元気の有り余っている坊ちゃんの世話は大変です。
 そして、これは他人に言えない事なのですが、私は坊ちゃんの事を異性として意識しています。
 なので、こうして抱き着かれてしまうと、私の心臓に悪いのですが……

「離れてください、坊ちゃん。
 今は休憩時間なのです。
 遊ぶのは後で、いくらでも――」
「何してんの?」
 坊ちゃんが、私の言葉を無視して私の手元を覗き込みます。
 本当に自由なお方です。

「花の世話?
 メアリーも好きだよな」
「やってみますか?」
「別にいいよ、興味ないし。
 それに花を育てて何になるのさ。
 食えるわけでもないのに」
「そんな事おっしゃられないでください。
 咲くとそれはもうきれいなんですよ」
「そんなのより、食えるもののほうがいいよ」

 坊ちゃんは、あからさまに不満そうな表情をします。
 坊ちゃんの年頃では、花の世話より食べる方がいいのでしょう。
 それは仕方が無いのですが、自分の趣味を理解してもらえないのは、とても悲しく感じます。

「ねえ、メアリー……
 それ楽しい?
 わざわざ荒れた花壇を整備してまでやるような事?」
「少しずつ大きくなっていくのを見るのが趣味なんです」
「俺だって少しずつ成長している」
 変なところで張り合ってくる坊ちゃん。
 思わず吹き出してしまいました。

「メアリー、笑うなよ。
 まあいいや、『そんなのより』遊びに行こうぜ。
 花なんて放っといても育つって」
「坊ちゃん、それは聞き捨てなりません。
 花は繊細なんです」
 『そんなのより』……
 なんだか趣味を馬鹿にされたような気がして、私は思わず反論します。

 私はメイドです。
 坊ちゃんの言うことに反抗せず従っていれば、それでいいのかもしれません。
 ですが、それでも言うべきことがあります。

 なぜなら私はクリス坊ちゃんの世話係。
 私の仕事は、坊ちゃんがどこに出しても恥ずかしくない立派な紳士に育て上げる事……
 将来他人の趣味を馬鹿にする人間にならないように、ここで言わなければいけません。
 たとえ後でメイド長から怒られても、です。

「確かに、坊ちゃんの言う通り、世話などしなくても育ちます……
 ですがお世話することは、無駄ではありません。
 『健康に』『綺麗に』『大きく』育てるには人の手が必要不可欠なのです。
 葉っぱを食べる虫や、枯らしてしまう病気がありますからね。
 毎日調子を見て、異常の早期発見を心がけ、悪い物から遠ざける。
 そして栄養管理、日当たりも考慮に入れ、不要な枝は剪定を――」
「分かった、分かったから。
 俺が悪かったから、それ以上は言わなくてもいい。
 説教は嫌いなんだ」

 坊ちゃんはしょんぼりします。
 坊ちゃんの切なげな姿を見て、思わず撫でたくなってしまいますが、我慢我慢。
 ケジメは大事なのです。
 しかし、何かしらのフォローが必要でしょう。
 あ、いい事を思いつきました。

「坊ちゃん、いい機会ですから何か育ててみませんか?」
「俺の話聞いてた?
 俺は花より食べる方がいい」
「では食べれるものを育てましょう。
 イチゴなどどうですか?
 坊ちゃんはイチゴが好きでしょう?」
「イチゴ……」
 坊ちゃんの目が、一瞬見開かれたのを、私は見逃しませんでした。
 反応は良好のようです。

「あーでも、やったことないし……」
「ご安心ください、坊ちゃん。
 私が一緒についております」
「でも俺忙しいし……」
 心が動かされているものの。決めかねている様子。
 あと一押しが必要ですね。

「坊ちゃん、自分で育てたイチゴは坊ちゃんの物です。
 独り占めできますよ」
「やる」
 坊ちゃんは即座に決断します。
 決断力があるのは、良い事です。
 もちろん食欲に

「では庭師から余っているイチゴの苗が無いか聞いてまいります。
 それを育てましょう」
「俺も見に行く。
 自分で育てるやつだ。
 育てるやつは、自分で決めたい」
「分かりました。
 では一緒に」

 そうして庭師の元へ赴く私たち。
 そこで坊ちゃんは、一時間くらい悩み、自分の苗を決めたのでした。

 🍓

 数日後

「メアリー見てくれよ、イチゴの花が咲いたぞ。。
 これがイチゴになるんだな。
 こうしてみると意外と綺麗なモンだ」
 坊ちゃんは、イチゴの花を見て嬉しそうに笑っています。
 イチゴの花は素朴な白い花ですが、気に入っていただけたようです。

「うーん、俺のイチゴを食べる悪い虫はいないよな……」
「坊ちゃん、そんなに見つめなくても、虫に食べられたらすぐに分かりますよ」
「ダメだ、メアリー。
 少しの油断が、取り返しのつかない失敗につながることもある。
 ちゃんと虫とか病気が無いか見ておかないと……
 イチゴは繊細だからな」
「いえ、イチゴは割と丈夫な花でして……
 なんならすぐ数も増えますし……」
「花は繊細だって言ったの、メアリーだぞ。
 俺はもう少しイチゴの様子を見る。
 メアリーは先に遊んでいていいぞ」
「いえ、私は坊ちゃんの世話係です。
 お側にいます」
「そうか。
 じゃあ聞きたいことがあるんだけど、これって――」

 坊ちゃんは、私に色々な事を聞いてきます。
 どうやら目論見通り、園芸に興味を持ってもらえたようです。
 本人的には『イチゴを食べるため』だけなのでしょうが、そこからズブズブ沈んでいくのです。
 そういう物です。 
 私もそうでした。

 たとえ長続きしなくても、園芸の経験があれば、少なくとも園芸が趣味の人間を馬鹿にすることは無いでしょう。
 小さなことですが、立派な紳士になるということは、小さな事の積み重ねです。

 こうして少しずつお世話をして、ゆくゆくは誰もが認める社交界の紳士に……
 そして大人になった坊ちゃんを食べ(意味深)……
 逆に食べられて(意味深)……
 私の妄想が膨らんでいきます。

 身分の違うため許されぬ恋ですが、妄想するだけなら問題ないはず。
 下品な笑みが出そうになりますが、集中して営業スマイルを貼り付けます。
 一度鏡で見たことあるのですが、アレはとても人に見せられません。

 そんな私の内心も知らず、目の前で笑う坊ちゃん
 この多感で繊細な花は、どう育つのでしょうか……
 私はこれからも、坊ちゃんから目が離せそうにありませんでした。

6/26/2024, 1:21:20 PM